社会調査入門|北星学園大学 2026年度後期

第02回 社会調査の歴史

社会調査入門
北星学園大学 2026年度後期

小野原 彩香

小野原 彩香
社会調査入門|北星学園大学 2026年度後期

本日の学習目標

  1. 社会調査がどのような歴史的背景のもとで発展してきたかを説明できる
  2. ヨーロッパ・アメリカ・日本それぞれの代表的な調査事例を挙げられる
  3. 歴史的な調査が現代の方法論にどのような影響を与えたかを考察できる

「現在の方法を知るためには、その方法がどのように生まれたかを知る必要がある」

小野原 彩香
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なぜ歴史を学ぶのか

社会調査の方法論は固定したものではない。

  • 時代ごとの社会問題・政策課題が調査の動機をつくった
  • 技術的限界(統計・印刷・交通)が方法の形を決めた
  • 倫理観の変化が許容される手法を変えてきた

方法論の変遷を知ること=

  • なぜこの手法が生まれたかを理解する
  • 現代の方法の「強み」と「限界」を批判的に評価できる
  • 新しい社会問題に対してどんな方法が有効かを考える力を養う
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社会調査の前史:統計の起源

「統計」(statistics)という言葉の語源

  • ラテン語 status(国家・状態)と語源的に関係する語
    • ドイツ語 Statistik「国家の状態についての知識」を経て成立
    • status から英語 statistics が直接生まれたわけではない
  • 17〜18世紀:国家が人口・土地・産業を把握するために発展
  • 政治算術(political arithmetic):William Petty(1623–1687)
    • イングランドの人口・富・土地を数量的に把握しようとした試み

近代的な社会調査・統計の重要な源流のひとつは「国家が社会を知る」活動だった

ただし源流はこれ一本ではない ―― このあと出てくる慈善事業の貧困調査、都市のフィールドワークは、国家の統治技術とは別の動機から始まっている

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ヨーロッパの社会調査の起源(19世紀)

背景:産業革命と都市問題

  • 18世紀末〜19世紀初頭:産業革命により都市への人口集中
  • 劣悪な労働環境・スラム・貧困・犯罪が深刻化
  • 「社会問題」への対応が政策的急務に

問い:貧困の実態はどれほど深刻なのか?

→ 感情論・印象論ではなく、事実に基づいた記述が求められた

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貧困調査より先に ―― ナイチンゲール

Florence Nightingale(1820–1910)

  • クリミア戦争(1853–1856)に従軍
  • 戦地の死者の多くが、戦闘の傷ではなく予防できる感染症で死んでいることを、月ごとの死因を集計して突き止めた
  • 内訳を図にして 1858年の報告書にまとめ、女王と政府へ → 軍の衛生改革へ
  • 同じ1858年、ロンドン統計協会(現 王立統計協会)の最初の女性会員に

Booth のロンドン調査(1889–)より30年あまり早い

→ 「数えて図にして政策を動かす」は貧困調査の発明ではなく、19世紀に複数の領域で並行して現れた

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「ナイチンゲールが円グラフを発明した」ではない

円グラフ(パイチャート)を最初に用いた William Playfair, The Statistical Breviary(1801)
ナイチンゲールが広めた 極座標面積図(polar area diagram。本人は coxcomb と呼んだ)
  • 円グラフ … 扇形の角度で割合を表す
  • 彼女の図 … 角度を12か月で等分し、半径の長さで死者数を表す

似ているが別のグラフ

「有名な人が発明した」という話は流通しやすい
→ 第1回の「出典をたどる」はこういうときに効く

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Charles Booth「ロンドン市民の生活と労働」

Charles Booth(1840–1916)

  • 実業家・社会改革家
  • 著作:Life and Labour of the People in London(1889〜1903年、全17巻)
  • ロンドン全域を対象に、約400万人規模の都市の生活状態を体系的に把握

方法の革新

  • 学校出席記録・学校視察員への聞き取り・現地観察を組み合わせた
  • 400万人を一人ずつ聞いたのではない。初期は世帯単位、途中から通り(street)単位の記録に切り替えている
  • ロンドンを地区ごとに色分けした**「貧困地図」**(Poverty Map)を作成
  • 人口の約30%が貧困状態にあることを示した

政策とのかかわり

  • Booth 自身が国家による老齢年金を強く主張し、貧困問題への政策的関心を高めた
  • 老齢年金法(1908年)を含む議論にも影響。ただし調査が直接その法律を作ったという単純な関係ではない
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Seebohm Rowntree「ヨーク市の貧困」

Seebohm Rowntree(1871–1954)

  • チョコレート製造業者の息子・社会改革家
  • 著作:Poverty: A Study of Town Life(1901年)

方法の特徴

  • ヨーク市の労働者階級世帯を、ほぼ悉皆的に(約1万1000世帯)直接調査
    • ヨーク市の全世帯を調べたのではない
  • 最低生活費(カロリー・衣服・家賃)を数値で算出
定義 割合
一次貧困 所得そのものが最低生活費を下回る 約 9.9%
二次貧困 所得は上回るが、一部が他の支出に吸収され最低水準を維持できない 約 17.9%
合計 約 27.8%

Rowntree 自身は二次貧困の「他の支出」を「有用なものも浪費的なものも含む」と書いている
→ 当時の道徳観が残る概念。「浪費したから貧しい」と読まないこと

意義:貧困を個人の道徳的な失敗だけでは説明できない社会的・経済的問題として示した先駆

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シカゴ学派(20世紀初頭)

背景:移民と都市化のアメリカ

  • 19世紀末〜20世紀初頭:ヨーロッパからの大量移民
  • シカゴは1900年に人口170万人超、急速な工業都市化

シカゴ大学社会学部の形成

  • Robert E. Park(1864–1944)・Ernest Burgess(1886–1966)
  • 都市を「生態学的」に分析:同心円地帯理論(Concentric Zone Model)

フィールドワークの重視

  • シカゴという都市そのものを**「社会的な実験室」のように捉えた**
  • 移民コミュニティ・貧困地区への直接観察・インタビュー
小野原 彩香
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シカゴ学派の主な研究

研究者 著作(年) テーマ
Thomas & Znaniecki The Polish Peasant in Europe and America(1918–20) ポーランド移民の適応
Nels Anderson The Hobo(1923) 浮浪者・季節労働者
Louis Wirth The Ghetto(1928) ユダヤ人ゲットー
Harvey Zorbaugh The Gold Coast and the Slum(1929) 都市の社会的対比

方法論的遺産

  • 都市に入り込んで観察・聞き取り・生活史を集める社会学的フィールドワークを、都市社会学の方法として定着させた
  • 「内側からの視点」を社会学に持ち込んだ

「参与観察はシカゴ学派が作った」ではない

ほぼ同時期に人類学でも Malinowski らが現地に住み込む調査を確立している。系譜は複数ある

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日本で人を数えた記録

ずっと統治とともにあった

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日本の前近代 ―― 何のために数えたか

時期 記録 何のために
3世紀 魏志倭人伝に国ごとの戸数(奴国「有二萬餘戸」、邪馬壹国「可七萬餘戸」) 中国側が倭の国々の規模を把握
『日本書紀』崇神12年 「始校人民、更科調役」男の弭調・女の手末調 税を課すため
670年・690年 庚午年籍・庚寅年籍(全国規模の戸籍) 班田・徴税・徴兵の名簿
1582年〜 太閤検地(田畑を測り石高で表す) 年貢の単位をそろえる
1721年〜 幕府の全国人別改(1726年以降6年ごと) 人口の増減を把握
1869・1879年 駿河国人別調・甲斐国現在人別調 近代的な人口調査の試み
1920年 第1回国勢調査 統計をとるため
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「日本最初の人口調査は紀元前86年」と書かないこと

崇神天皇の在位は『日本書紀』の紀年で紀元前97〜30年(宮内庁「天皇系図」)

これは記紀が伝える年代であって、考古学的に確定した年代ではない


「『日本書紀』にこう書かれている」という形で書く

これは歴史学の作法であると同時に、社会調査の作法そのもの

資料にそう書かれていることと、それが事実であることは別に扱う
―― 第1回の「記事に書かれていないことを憶測で埋めない」と同じ構え

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同じ「人を数える」でも、目的は正反対になった

1920年より前は、ほとんどが徴税・徴兵・賦役のための名簿づくり
数えた結果が、そのまま一人ひとりへの課税や動員に使われた

現在は違う。統計法は、調査票の内容を統計以外の目的(個別の徴税など)に使うことを禁じている

名簿 一人ひとりを特定して、その人に対して使う
統計 集団の性質を知る。個人は特定されない

総務省統計局自身が、崇神天皇の記録と現代のセンサスを比べて

両者の目的は根本的に異なります

→ この区別は第3回の匿名性、第5回の公的統計に直結する

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どこからが「近代的なセンサス」か

国連統計委員会の勧告(2007年)― 人口・住宅センサスの基本原則

  1. 個人個人に対する調査であること
  2. 明確な領域内での統一性
  3. 同時性(同じ時点について調べる)
  4. 明確な周期性(決まった間隔で繰り返す)

前近代の記録は、このどれかを欠いている
→ 「人を数えた記録」はあっても「センサス」とは呼ばない

日本で全国規模でこの4つがそろうのは 1920年

なお census の語源は、古代ローマで市民の登録・財産評価・課税査定を担当した職員 censor。その職務をラテン語で censere といい、転じて census に。statistics と同じく、語そのものが統治に由来する

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日本の社会調査の歴史①:明治期

国家による統計調査の整備

  • 1871年(明治4年):太政官に統計司設置
  • 1879年(明治12年):内閣統計局の前身である太政官統計院設置
  • 1920年(大正9年):第1回国勢調査実施

農商務省の社会調査

  • 1903年(明治36年):農商務省『職工事情』
    • 全国の工場労働者(特に紡績・製糸業)の生活・労働実態調査
    • Booth・Rowntreeの影響を受けた実態把握型調査
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日本の社会調査の歴史②:横山源之助

横山源之助(1871–1915)

  • ジャーナリスト・社会問題研究者
  • 著作:『日本の下層社会』(1899年)

調査の特徴

  • 東京・大阪のスラム・貧民街への直接取材
  • 紡績工場・人力車夫・職人・物乞いなど多様な層を対象
  • 「実地踏査」による記述的社会調査の先駆け

意義

  • 「下層社会」の実態を実地調査にもとづいて記述した先駆的な著作のひとつ
  • 注目すべきは時期。Booth のロンドン調査(1889–1903)、Rowntree のヨーク調査(1901)とほぼ同時期
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日本の社会調査の歴史③:戦後〜現代

戦後の制度化

  • 1947年:旧統計法制定(GHQ占領期の統計整備)
    • 「指定統計」制度:国が重要統計を指定・管理
  • 1950年代〜:学術的社会調査の普及(社会学・社会心理学)

統計法の全面改正(2007年)

  • 2007年:新統計法制定(2009年全面施行)
    • 「公的統計」の体系整備、統計委員会の設置
    • 調査票情報の二次利用の推進
    • 個人情報保護との整合

現在:e-Statによるオープンデータ化

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現代の社会調査:インターネット・ビッグデータ時代

新しい可能性

  • インターネット調査(Web調査):低コスト・短時間で大規模調査が可能
  • ビッグデータ:SNS・購買履歴・位置情報などの大量データの活用
  • 行政データの連結:個票データの統合分析

新しい課題

  • サンプリングの偏り:インターネット非利用者の排除
  • プライバシー問題:個人情報の無断取得・利用
  • 再現性・透明性:アルゴリズムの不透明さ

技術が変わっても、社会調査の基本原則は変わらない

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歴史から学ぶ:方法論の連続性と変化

時代 主な方法 問いの焦点
19世紀末 全数調査・家庭訪問 貧困・社会問題の実態把握
20世紀初 フィールドワーク・生活史 移民・都市問題の理解
戦後〜1990年代 標本調査・郵送調査 社会意識・生活実態
2000年代〜 Web調査・ビッグデータ 行動・関係・消費

変わらないもの: 方法の選択は「何を知りたいか」に規定される

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ディスカッション

テーマ:歴史的調査が政策に与えた影響

グループで考えてみよう(5分)

  1. Charles BoothやRowntreeの調査は、どのように政策を変えたか?
  2. 日本の『職工事情』や横山源之助の調査は、その後の労働政策にどのような影響を与えたと思うか?
  3. 現代の調査データ(e-Stat等)は政策立案にどのように使われているか、知っていることを共有してみよう。

発表(各グループ1〜2分)

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本日のまとめ

  • 社会調査は社会問題への対応という実践的要請から発展した
  • **ナイチンゲール(1858)**は衛生、Booth・Rowntreeは貧困で「数えて図にして政策を動かす」仕事をした
    • ただしナイチンゲールは円グラフの発明者ではない(円グラフは Playfair 1801)
  • シカゴ学派は都市・移民研究でフィールドワークを定着させた
  • 日本では人を数える記録が古代からあるが、目的は徴税・徴兵のための名簿づくりだった
  • 名簿と統計は別のもの。近代センサスの4原則が全国でそろうのは1920年
  • 明治期の国家統計→横山の実地調査→戦後制度化→統計法改正という流れ
  • 現代はビッグデータ・Web調査の時代だが、基本原則は変わらない

次回(第03回):社会調査のステップと倫理

小野原 彩香
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本日の課題

締切:次回授業開始前までにManaba/学習管理システムへ提出

以下のテーマについて、300〜500字程度でまとめて提出してください。

「歴史的な社会調査の事例を1つ取り上げ、その調査が行われた社会的・歴史的背景と、その調査が持つ意義(当時および現代への影響)について述べなさい。」

【ヒント】

  • 今日紹介した事例(Booth、Rowntree、横山源之助など)の中から1つ選んでもよい
  • 自分で調べた別の事例でも可(参考文献リストを参照のこと)
  • 「背景」「方法の特徴」「意義・影響」の3点を意識して書くと論理的にまとまりやすい
  • 参考にした文献・URLがあれば末尾に記載すること
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参考文献

今回の内容に直接対応するもの

  • 櫻本 健・濱本 真一・西林 勝吾『日本の公的統計・統計調査(第二版)』立教大学社会情報教育研究センター(発売:三恵社), 2021
  • サルツブルグ, D.(竹内 惠行・熊谷 悦生 訳)『統計学を拓いた異才たち』日経ビジネス人文庫, 2010
  • 森 博美『社会統計学の源泉――古典・近代・現代』法政大学出版局, 2009

前近代の記録(原典・公的資料)

  • 総務省統計図書館ミニトピックス№17「崇神天皇の時代における人口調査-日本書紀を訪ねて」
  • 『三国志』巻30(魏志倭人伝)/国立公文書館デジタルアーカイブ『日本書紀』
  • 総務省統計局「統計150年」特設サイト

リンクは授業サイト(第2回ページ末尾)にあります

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