社会調査入門|北星学園大学 2026年度後期

第03回 社会調査のステップと倫理

社会調査入門
北星学園大学 2026年度後期

小野原 彩香

小野原 彩香
社会調査入門|北星学園大学 2026年度後期

本日の学習目標

  1. 社会調査の一般的な手順(ステップ)を説明できる
  2. 各ステップにおける主な注意点を挙げられる
  3. 社会調査倫理の基本原則(インフォームドコンセント等)を理解する
  4. 過去の倫理的問題事例から、なぜ倫理が重要かを説明できる
  5. IRB(研究倫理審査)の仕組みと意義を把握する
小野原 彩香
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社会調査の全体の流れ

① 問い・仮説の設定
        ↓
② 調査設計(方法・対象・スケジュール)
        ↓
③ データ収集(調査の実施)
        ↓
④ データ整理・分析
        ↓
⑤ 結果の解釈・考察
        ↓
⑥ 報告・公開(論文・報告書)

各ステップは行ったり来たりすることもある(反復的プロセス)

小野原 彩香
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ステップ①:問い・仮説の設定

よい「問い」の条件

  • 経験的に検証可能であること(データで答えられる)
  • 具体的であること(「社会は悪化しているか」→曖昧すぎる)
  • 先行研究との関係が明確であること

仮説の立て方

  • 記述的仮説:「〜は〜である」(実態の把握)
  • 関係的仮説:「〜が高いほど〜も高い」(変数間の関係)
  • 因果的仮説:「〜が原因で〜が生じる」(因果の推定)

仮説は「予想」ではなく「検証可能な命題」である

小野原 彩香
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ステップ②:調査設計

主な決定事項

項目 内容の例
調査方法の選択 量的調査 / 質的調査 / 混合法
対象の決定 誰を調べるか(母集団・サンプリング)
データ収集法 質問紙・インタビュー・観察・文書分析
スケジュール いつ・どこで・どのくらいの期間
予算・人員 実施可能性の検討

この段階で倫理審査(IRB)の申請が必要になることも多い

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ステップ③:データ収集

量的調査の主な方法

  • 郵送調査:回収率が低い傾向(20〜40%程度)
  • 訪問面接調査:高コストだが回収率・精度が高い
  • 電話調査:近年はスマートフォン普及で困難に
  • Web調査:低コスト・速報性あり、ただし偏りに注意

質的調査の主な方法

  • 半構造化インタビュー:ガイドを持ちつつ柔軟に対話
  • 参与観察:フィールドに入り込んで観察・記録
  • フォーカスグループ:グループでの議論を観察
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ステップ④⑤:分析と解釈

量的分析の基本

  • 記述統計(平均・分散・度数分布)
  • 推測統計(t検定・カイ二乗検定・回帰分析)
  • 統計的有意性と効果量の違いに注意

質的分析の基本

  • グラウンデッド・セオリー:データからカテゴリを生成
  • 内容分析(Content Analysis):テキストの系統的分類
  • 解釈的アプローチ:意味・文脈・語りに注目

「データは語らない」:分析者の解釈プロセスを常に問い直すこと

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ステップ⑥:報告・公開

学術論文の基本構成

  1. 序論(問いと背景)
  2. 先行研究レビュー
  3. 研究方法
  4. 結果
  5. 考察
  6. 結論
  7. 参考文献

データの公開・共有

  • 再現可能性のためにデータ・コードを公開する動き(オープンサイエンス)
  • SSJデータアーカイブ等への寄託
  • 個人情報の匿名化処理が前提
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社会調査倫理とは何か

なぜ倫理が必要か

  • 調査は他者の生活・プライバシー・時間に踏み込む行為
  • 研究者には強い「知りたい」動機がある一方、調査対象者は弱い立場に置かれやすい
  • 歴史上、倫理的に問題のある調査が多くの被害を生んだ

倫理の基本的な問い

「この調査は、調査対象者にとって公正か?」
「調査から得られる学術的利益は、対象者が受けるリスクに見合うか?」

小野原 彩香
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倫理の基本原則①:インフォームドコンセント

Informed Consent(インフォームドコンセント)

調査対象者が十分な情報を得た上で、自らの意思で参加に同意すること

必要な説明事項

  • 調査の目的・実施機関・担当者の連絡先
  • 調査への参加は任意であること
  • 参加を断っても不利益を受けないこと
  • データの利用方法・保存・廃棄の方針
  • 途中でいつでも参加を取り消せること

注意点

  • 書面(同意書)で行うのが原則
  • 子ども・認知症等の場合は代諾者の同意が必要
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倫理の基本原則②:プライバシーと匿名性

プライバシー保護

  • 収集するデータは調査目的に必要な最小限にとどめる
  • 個人が特定されうる情報(氏名・住所・顔写真等)は特に慎重に扱う
  • データは施錠できる場所・暗号化したデバイスに保管

匿名性と秘密保持

  • 匿名性(anonymity):誰が回答したかを研究者も知らない状態
  • 秘密保持(confidentiality):研究者は知っているが第三者には開示しない
  • 質問紙調査では匿名性を確保しやすい
  • インタビュー調査では秘密保持が現実的
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倫理の基本原則③:自発的参加

自発的参加の原則(Voluntary Participation)

  • 参加を強制・誘導してはならない
  • 特に権力関係がある場合は注意が必要
    • 教員が学生を調査対象とする場合
    • 上司が部下を調査対象とする場合
    • 雇用主が従業員を対象とする場合

インセンティブの問題

  • 謝礼(図書カード・現金等)は許容されるが、過度な誘導にならないよう注意
  • 「断れない雰囲気」を作らないことが重要
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過去の倫理問題事例①:タスキギー梅毒研究

Tuskegee Syphilis Study(1932〜1972年)

  • 米国公衆衛生局が黒人男性399名を対象に実施
  • 梅毒の自然経過を観察するために治療をしないまま40年間追跡
  • 1940年代にペニシリンが普及してもあえて治療しなかった
  • 対象者には「治療を受けている」と偽った(デセプション)

結果と影響

  • 多くの死者・障害者が発生
  • 1972年に内部告発で発覚、研究中断
  • 1979年:ベルモント・レポート(生命倫理3原則)発表
  • IRB制度の確立へ
小野原 彩香
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過去の倫理問題事例②:スタンフォード監獄実験

Stanford Prison Experiment(1971年)

  • Philip Zimbardo(スタンフォード大)が実施
  • 大学生24名を「看守役」と「囚人役」に無作為に割り当て
  • 予定2週間を6日で中断:看守役が急速に暴力的になり、囚人役が精神的に崩壊

倫理的問題点

  • 参加者への事前説明が不十分
  • 研究者自身が「典獄長」役を担い、中立性を失った
  • 心理的苦痛・トラウマへの配慮が欠如

研究者が「知的好奇心」に引きずられて対象者を傷つける危険を示した事例

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日本の倫理的枠組み

日本社会学会「倫理綱領」(2000年制定)

  • 研究対象者の人権・プライバシーの尊重
  • インフォームドコンセントの確保
  • 研究成果の公表に際する責任
  • 調査データの適切な管理

日本社会学会「社会学評論スタイルガイド」

  • 論文投稿時に倫理的配慮の記述を求める

個人情報保護法(2003年制定、2022年改正)

  • 研究目的であっても個人情報の適切な管理が義務
  • 学術研究には一部例外規定あり
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IRB(研究倫理審査)の仕組み

IRB(Institutional Review Board)=機関審査委員会

役割

  • 研究計画が倫理的に適切かを研究開始前に審査する委員会
  • 研究者から独立した立場で判断する

審査のポイント

  1. インフォームドコンセントの手続きは適切か
  2. 参加者のリスクは最小化されているか
  3. 期待される利益がリスクを上回るか
  4. 脆弱な対象者への特別な配慮はあるか

日本の状況

  • 医学系研究では文科省・厚労省の指針により義務化
  • 社会科学系:大学ごとに対応が異なるが整備が進む
小野原 彩香
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調査協力者への配慮:脆弱な立場にある人々

特別な配慮が必要な対象者

対象 必要な配慮
未成年者 保護者の同意+本人へのわかりやすい説明
認知機能の低下した人 代諾者・意思確認の工夫
受刑者・被収容者 参加に対する圧力がないかの確認
被災者・遺族 精神的負担への特段の配慮、調査の緊急性の検討
性的マイノリティ アウティングリスクへの対応
不法滞在者等 個人情報が当事者に不利に使われないよう保護

「社会的に脆弱な立場」にある人ほど、参加を断りにくい状況にある可能性がある

小野原 彩香
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ディスカッション

テーマ:倫理的に問題のある調査シナリオを考える

以下のシナリオを読んで、グループで議論してみよう(5分)

シナリオ:大学生のAさんは、ゼミの研究で「アルバイト先での職場いじめ」を調査しようとしている。同じアルバイト先の同僚に「ちょっとアンケートに答えて」と口頭でお願いし、その場でスマートフォンにメモした。結果はゼミ発表に使う予定。データは自分のクラウドに保存している。

考えてみよう:

  1. このシナリオにはどのような倫理的問題が含まれているか
  2. Aさんはどうすべきだったか
  3. もし職場の管理者(店長)が調査の存在を知ったら、どのような問題が生じるか
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本日のまとめ

  • 社会調査は「問い→設計→収集→分析→報告」という反復的ステップで進む
  • インフォームドコンセント・匿名性・自発的参加が倫理の三本柱
  • タスキギー・スタンフォード監獄実験は「なぜ倫理が必要か」を示す歴史的教訓
  • IRBは研究開始前に倫理的妥当性を審査する仕組み
  • 脆弱な立場にある人への特別な配慮が不可欠

次回(第04回):社会調査の目的と分類(記述・説明・探索・評価/横断的・縦断的)

小野原 彩香
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本日の課題

締切:次回授業開始前までにManaba/学習管理システムへ提出

以下のテーマについて、300〜500字程度でまとめて提出してください。

「以下の調査シナリオについて、どのような倫理的問題が含まれているかを指摘し、あなたならどのように改善するかを具体的に提案しなさい。」

【シナリオ】
あるNPOのスタッフが、支援している生活困窮者(20名)の実態を調査したいと考えた。支援の場(食料配布イベント)で参加者に「よかったら答えてください」と声をかけ、氏名・世帯収入・家族構成を記入する紙の調査票を配布した。回収した調査票は事務所の共有フォルダ(パスワードなし)に保存し、ボランティアスタッフも閲覧できる状態にした。

【記述のポイント】

  • 具体的にどの原則に違反しているか
  • 改善案は「実施可能な」ものを提案すること
  • 「倫理的問題がない完璧な調査」は存在しないことも念頭に置くこと
小野原 彩香