社会調査入門|北星学園大学 2026年度後期

第04回 社会調査の目的と分類

――横断的調査と縦断的調査――

北星学園大学 2026年度後期
小野原 彩香

小野原 彩香
社会調査入門|北星学園大学 2026年度後期

本日の学習目標

  1. 社会調査を「目的」によって4種類に分類できる
  2. 社会調査を「時間軸」によって横断的・縦断的に分類できる
  3. 各分類の長所・短所・適用場面を説明できる
  4. 実際の調査事例に接し、適切な調査設計を判断できる
  5. 年齢効果・時代効果・コホート効果がなぜ分離しにくいのかを説明できる
  6. トレンド調査が成り立つ条件(調査方法を変えないこと)を説明できる

前回の復習:社会調査のステップと研究倫理(インフォームドコンセント・匿名性・自発的参加)

小野原 彩香
社会調査入門|北星学園大学 2026年度後期

1. なぜ「分類」が重要なのか

  • 社会調査には「正しい方法」がひとつではない
  • 目的に合わない設計は、どれだけ丁寧に実施しても意味のある結果を出せない
  • 先行研究を読む際も「どんな設計か」を把握することが批判的読解の出発点

例:「若者の政治離れ」を調べたいとき、どんな調査が必要か?

小野原 彩香
社会調査入門|北星学園大学 2026年度後期

2. 目的による分類:4類型

種類 目的 キーワード
記述的調査 実態を明らかにする 「どのくらい?」
説明的調査 因果関係・相関を明らかにする 「なぜ?」
探索的調査 仮説生成・問いを発見する 「何が起きているか?」
評価的調査 政策・プログラムを評価する 「効果があったか?」
小野原 彩香
社会調査入門|北星学園大学 2026年度後期

記述的調査(Descriptive Research)

  • 目的:ある集団・現象の実態を正確に描写する
  • 主な手法:量的調査(サーベイ)、公式統計の二次分析
  • 問いの形:「〇〇の割合はどのくらいか」「〇〇の分布はどうなっているか」

事例:

  • 国勢調査(人口・世帯の実態把握)
  • NHK「日本人の意識」調査(1973年から5年ごと。公表されている最新は第10回・2018年)
小野原 彩香
社会調査入門|北星学園大学 2026年度後期

説明的調査(Explanatory Research)

  • 目的:変数間の因果関係や相関関係を明らかにする
  • 主な手法:実験、縦断的調査、回帰分析を用いたサーベイ
  • 問いの形:「Xが変わるとYは変わるか」「Xの違いがYの差をもたらすか」

事例:

  • 学力調査と家庭環境の関連研究
  • 喫煙と健康リスクの関係を示したコホート研究
小野原 彩香
社会調査入門|北星学園大学 2026年度後期

探索的調査(Exploratory Research)

  • 目的:未知の領域への問いの発見・仮説の生成
  • 主な手法:インタビュー、エスノグラフィー、グラウンデッドセオリー
  • 問いの形:「何が起きているか」「どんな意味があるか」

事例:

  • 新型コロナ禍における生活変容の質的研究
  • 外国人居住者の地域コミュニティへの参入過程の調査

探索的調査の結果が次の説明的・記述的調査の出発点になる

小野原 彩香
社会調査入門|北星学園大学 2026年度後期

評価的調査(Evaluative Research)

  • 目的:特定の政策・プログラムの実施前後の効果測定
  • 主な手法:ランダム化比較試験(RCT)・準実験的デザイン
  • 問いの形:「この施策は効果があったか」「費用対効果はどうか」

事例:

  • 就労支援プログラムの効果評価(厚生労働省委託調査)
  • 小学校プログラミング教育の学力・思考力への影響評価
小野原 彩香
社会調査入門|北星学園大学 2026年度後期

3. 時間軸による分類:横断的 vs 縦断的

横断的調査:―|―――――→ 時間
              ↑
            1時点のスナップショット

縦断的調査:―|―――|―――|―――→ 時間
              t1   t2   t3
            同じ対象(または同一質問)を繰り返し観察

どちらが「優れている」かではなく、研究目的に合わせて選ぶ

小野原 彩香
社会調査入門|北星学園大学 2026年度後期

横断的調査(Cross-Sectional Study)

  • 特徴:ある一時点における集団の状態を記録する
  • メリット:実施コストが低い、大規模サンプルが可能、短期間で完結
  • デメリット:時間的変化を捉えられない、因果関係の推定が困難

注意点:
年齢効果・時代効果・コホート効果を区別できない
→「30代より20代の方が投票率が低い」は加齢で変わる?それとも世代差?

小野原 彩香
社会調査入門|北星学園大学 2026年度後期

年齢・時代・コホート ―― 3つが混ざる

「20代の投票率が30代より低い」の理由は3通りある

効果 中身 この説明が正しいなら
年齢効果 歳をとると変わる いまの20代も30代になれば投票する
時代効果 その時期の状況が全員に効く 盛り上がらない選挙だったので全世代で低い
コホート効果 その世代に固有 いまの20代は30代になっても投票しない

横断的調査では、この3つをまったく区別できない

小野原 彩香
社会調査入門|北星学園大学 2026年度後期

縦断にしても、完全には切り分けられない

よく「トレンド調査なら時代と世代を切り分けられる」と言われるが、正確ではない


生まれ年(コホート)= 調査年(時代) − 年齢

3つのうち2つが決まれば、残り1つも決まってしまう
→ 独立に動かせる軸が2つしかないのに、3つの効果は別々に推定できない

年齢・時代・コホート問題(APC問題) ―― 方法論上の未解決問題

小野原 彩香
社会調査入門|北星学園大学 2026年度後期

では縦断調査に意味がないのか

そうではない。できるのは次のこと

  1. 仮定を置いたうえで推定する(「年齢効果はこの年代では一定」など)
  2. ある効果を無視できる根拠があるとき、残りを比較する
  3. 複数の解釈を並べ、どれなら整合するかを論じる

「切り分けた」と書かず、「この仮定のもとでこう読める」と書く

第3回の「改善後も残る限界」と同じ作法

小野原 彩香
社会調査入門|北星学園大学 2026年度後期

縦断的調査(Longitudinal Study)― 概要

同一対象・同一テーマを時間を経て繰り返し調査する

3種類のタイプ:

  1. パネル調査(Panel Study)
  2. コホート調査(Cohort Study)
  3. トレンド調査(Trend Study)
小野原 彩香
社会調査入門|北星学園大学 2026年度後期

パネル調査(Panel Study)

  • 方法:同一の個人を複数時点で繰り返し調査
  • 強み:個人内の変化(Change within person)を追跡できる
  • 弱み:パネルの磨耗(attrition)・学習効果・費用の増大

事例:

  • 東大社研「働き方とライフスタイルの変化に関する全国調査(JLPS)」
    • 2007年1月から若年・壮年パネルを毎年調査
    • ほかに高卒パネル、中学生親子パネル
  • 慶應義塾大学パネルデータ設計・解析センター
    • 「慶應義塾家計パネル調査(KHPS)」「日本家計パネル調査(JHPS)」
小野原 彩香
社会調査入門|北星学園大学 2026年度後期

コホート調査(Cohort Study)

  • 方法:同じ時期に生まれた・同じ経験を持つ集団を継続的に追跡
  • 強み:出生コホート・入学コホートなど集団特性と変化を結びつけられる
  • 弱み:コホートの定義が難しい、脱落への対処

事例:

  • 医学領域:大崎国保コホート研究(東北大学)
    • 1994年に宮城県大崎保健所管内の国保加入者(40〜79歳)を対象にベースライン調査、以降追跡
  • 出生コホート:環境省「エコチル調査(子どもの健康と環境に関する全国調査)」
    • 2011〜2014年に約10万組の妊婦を登録し、生まれた子どもを追跡
    • 当初は13歳までの計画だったが、2022年度に延長が決まり40歳頃まで続ける方針

「同じ年に生まれた人を追う」のがコホート。
「毎回その学年の子を調べる」のはコホートではない(次のスライド)

小野原 彩香
社会調査入門|北星学園大学 2026年度後期

トレンド調査(Trend Study)

  • 方法:同一の質問項目を、毎回異なる標本に繰り返す
  • 強み:社会全体の趨勢(トレンド)を把握できる、標本の磨耗なし
  • 弱み:個人の変化は追跡できない

事例:

  • NHK放送文化研究所「日本人の意識」調査(1973年〜5年ごと、最新の公表は2018年の第10回)
  • NHK「国民生活時間調査」(1960年から5年おき、2025年が14回目)
  • 内閣府「社会意識に関する世論調査」(1971年から継続)
  • 文部科学省「子供の学習費調査」(1994年度から隔年。毎回、学校と児童を無作為に選ぶ)
小野原 彩香
社会調査入門|北星学園大学 2026年度後期

間違えやすいところ

次の2つは コホート調査ではなく、トレンド調査 である

調査 設計 なぜコホートではないか
NHK「国民生活時間調査」 5年おきに新しい標本 同じ人も同じ世代も追っていない
文科省「子供の学習費調査」 隔年でその年の児童・生徒を無作為抽出 追っているのは「小5」という学年の枠で、同じ子どもではない

判定の基準はひとつ

同じ人(または同じ生まれ年の集団)を、もう一度つかまえに行っているか

行っていなければ、何年続いていてもトレンド調査である

小野原 彩香
社会調査入門|北星学園大学 2026年度後期
小野原 彩香
社会調査入門|北星学園大学 2026年度後期

各設計の比較表

設計 時間軸 因果推定 コスト 適用場面
横断的 1時点 弱い 低 実態把握・仮説生成
パネル 複数時点・同一個人 比較的強い 高 個人の変化追跡
コホート 複数時点・同一集団 中程度 中〜高 世代・集団効果
トレンド 複数時点・別標本 弱い 中 社会的趨勢把握
小野原 彩香
社会調査入門|北星学園大学 2026年度後期

4. 調査事例で考える:NHK「日本人の意識」調査

  • 開始:1973年(第1回)、以降5年ごとに実施
  • 設計:トレンド調査(毎回新規の無作為標本)
  • 主な調査項目:仕事観・家族観・政治意識・宗教意識・余暇観
  • 公表されている最新回:第10回(2018年実施)

詳細:https://www.nhk.or.jp/bunken/research/yoron/

小野原 彩香
社会調査入門|北星学園大学 2026年度後期

「続いている」と書く前に確認する

放送文化研究所のサイトで「日本人の意識調査」をたどると
**最新は第10回(2018年)**で、その後の回の結果は公表されていない(2026年10月時点)

5年ごとなら2023年に第11回があるはずだが、見当たらない

いっぽう同研究所は2024年に、別の設計の
**「現代日本の社会・生活に関する意識調査」**を実施している

言えること

  1. 長期の時系列調査は、続くことが前提ではない
  2. 引用するときは**「最新はいつの回か」を自分で確かめる**
    「1973年から続く」と書いてある解説は、書かれた時点の話(→ 第5回・第8回)
小野原 彩香
社会調査入門|北星学園大学 2026年度後期

トレンド調査が壊れるとき

内閣府「社会意識に関する世論調査」(1971年〜)

令和元年度まで 令和3年12月以降
調査方法 調査員による個別面接聴取法 郵送法
標本数 10,000人 3,000人
有効回収数 5,392人(令和2年1月) 1,790人(令和3年12月)

内閣府自身の注記

令和元年度以前は、調査員による個別面接聴取法で実施しているため、令和3年12月調査以降との単純比較は行わない。

小野原 彩香
社会調査入門|北星学園大学 2026年度後期

トレンド調査は「同じ質問を同じやり方で」

質問文が同じでも、聞き方が変われば答えは変わる

  • 面接 … 調査員が目の前にいる → 社会的に望ましい方向へ寄る
  • 郵送 … 自分のペースで答えられる

(→ 第11回)


方法を変えた前後をつなげて折れ線にすると
社会が変わったのか、測り方が変わったのかが分からなくなる

グラフを見るときは、途中で方法が変わっていないかを調査概要で確かめる

小野原 彩香
社会調査入門|北星学園大学 2026年度後期

5. ディスカッション演習

以下のリサーチクエスチョンについて、グループで議論してください(10分):

「大学生の孤独感はコロナ禍を経てどう変化したか」

考えるポイント:

  1. これは記述的・説明的・探索的・評価的のどれに分類されるか
  2. 横断的調査と縦断的調査のどちらが適切か
  3. 縦断的なら、パネル・コホート・トレンドのどれが向いているか
  4. 実際に調査するうえでの障害は何か
小野原 彩香
社会調査入門|北星学園大学 2026年度後期

まとめ

  • 社会調査は目的(記述・説明・探索・評価)と時間軸(横断・縦断)の組み合わせで設計される
  • 横断的調査:コストが低いが変化を捉えられない
  • 縦断的調査(パネル・コホート・トレンド):変化を追跡できるが費用・困難が増す
  • 判定の基準は「同じ人(または同じ生まれ年の集団)をもう一度つかまえに行っているか」
  • 年齢・時代・コホートは完全には切り分けられない(生まれ年=調査年−年齢。APC問題)
  • トレンド調査は同じ質問を同じやり方で聞いて初めて成り立つ。方法が変わると系列は途切れる
  • 長期の時系列調査も続くことが前提ではない。引用前に最新の回を確かめる
  • 「どれが正しいか」ではなく「目的に合っているか」が問われる
小野原 彩香
社会調査入門|北星学園大学 2026年度後期

本日の課題

提出期限:次回授業開始前まで(Moodle 提出)
分量:300〜500字程度

小野原 彩香
社会調査入門|北星学園大学 2026年度後期

課題内容

新聞記事・ウェブサイト・授業中の紹介文献等を参考に、実際に実施されている社会調査を1つ選び、以下の点を述べてください。

  1. 調査名・実施機関・調査年(または調査開始年)
  2. 目的による分類:記述的・説明的・探索的・評価的のうちどれにあたるか。その理由も記述すること。
  3. 時間軸による分類:横断的・縦断的(パネル/コホート/トレンド)のうちどれにあたるか。その理由も記述すること。
  4. この設計を選んだことの長所と短所を1点ずつ挙げること。

なお、国勢調査・NHK「日本人の意識」調査・内閣府「社会意識に関する世論調査」は授業中に扱ったため、それ以外の調査を選ぶこと。

1で調査年を調べるときに確かめること

  • 最新の回はいつか(「〇〇年から継続」と書いてあっても、最後の回が何年前かは別の話)
  • 途中で調査方法が変わっていないか(変わっていれば、それ自体が4の「短所」に書ける)

どちらも公式サイトの「調査の概要」にあります。URLとアクセス日も添えてください。

小野原 彩香