でたらめに選んだ一部の平均は、全体の平均のまわりに、決まった形で散らばる。だから一部を調べるだけで、全体を「どれくらいの誤差で」言えるかまでわかる。
生態調査は、一部から全体を知る方法でできている
森の木を1本残らず数える調査も、ある地域のサルを1頭残らず捕まえる調査も、ふつうは行いません。生態学の野外調査は、全体の一部だけを調べて全体を推し量る方法として組み立てられています。
コドラート法
決まった大きさの枠をいくつか置き、枠の中の植物だけを数えて、地域全体の密度を推定する。
標識再捕獲法
捕まえた個体に印を付けて放し、次に捕まえた中で印の付いた個体の割合から、全体の個体数を推定する。
ライントランセクト法
決めた線に沿って歩き、見つけた個体と線からの距離を記録して、生息密度を推定する。
どの方法にも共通する条件があります。枠の置き場所や歩く線を、調べる人の都合で選ばないことです。見つけやすい場所ばかりを調べれば、何か所調べても全体はわかりません。この条件がなぜ効くのかを、実際のデータで確かめていきます。
まず「全体」を見てみる:霊長類265種の体重
ここでは、体重が記録されている霊長類265種を「全体」とします。いちばん軽いのはネズミキツネザルの仲間でわずか31グラム、いちばん重いのはヒガシゴリラで149キログラムあります。
横軸は4万グラムで切っています。これより右に、ゴリラやオランウータンなどの大型種がいます。データ:PanTHERIA(Jones et al. 2009)。
形はまったく左右対称ではありません。ほとんどの種は小さく、ごく一部の大型種が平均を引き上げています。平均が中央値のおよそ2倍になっているのはそのためです。
この「ゆがんだ全体」から少しだけ選んで、全体の平均を言い当てられるでしょうか。
- 母集団
- 本当に知りたい全体。ここでは265種。
- 標本
- 実際に調べる一部。ここでは選んだ n 種。
- 標本平均
- 選んだ標本だけで計算した平均。選ぶたびに変わる。
- くり返した回数
- —
- 標本平均の平均
- —
- 全体の平均とのずれ
- —
- 標本平均のばらつき
- —
- 理論上のばらつき
- —
ヒストグラムの縦軸は回数です。紺の曲線は、でたらめに選んだときに理論上なるはずの形です。
起きていること:中心極限定理
全体がどれほどゆがんでいても、でたらめに選んだ標本の平均を何度も集めると、その分布は全体の平均を中心にした釣鐘の形に近づきます。これを中心極限定理といいます。
釣鐘の幅、つまり標本平均のばらつきは、計算で前もってわかります。これを標準誤差と呼びます。全体のばらつきを、選ぶ数の平方根で割ったものです。
標準誤差 = 全体のばらつき ÷ √n
| 選ぶ種の数 n | 標準誤差(理論値) | 全体の平均に対して |
|---|
n を4倍にすると、ばらつきは半分になります。精度を2倍にしたければ、データは4倍いる。増やすほど効き目は鈍くなります。
よくある誤解
「たくさん選べば、標本そのものが釣鐘形になる」
釣鐘形に近づくのは、標本平均を何度も集めた分布のほうです。1回の標本の中身は、全体と同じくゆがんだままです。上の体験で「直前の標本」を見ると、軽い種ばかりの中に重い種がぽつんと混ざっているはずです。
「30件あれば、もう正規分布とみなしてよい」
全体がほどほどに対称なら、30はよい目安です。この体重データのように強くゆがんでいると、n=30でも分布は右に裾を引いたままです。必要な数は、全体のゆがみ方で変わります。
「数を集めれば、偏りも消える」
消えません。上の体験で偏った選び方にすると、1,000回くり返しても、n を100にしても、平均はずれたままです。しかも、このページの「全体」265種そのものが、霊長類376種のうち体重が測られた種だけです。よく研究されてきた種ほど記録が残りやすいので、265種の平均は、厳密には「よく研究されてきた霊長類の平均」です。何が測られなかったかは、数字の中には現れません。
「大勢が同じ答えなら、それだけ確かだ」
一人ひとりが互いの答えを見て合わせていると、人数を増やしても情報はほとんど増えません。中心極限定理も標準誤差の式も、一人ひとりが独立に選ばれていることを前提にしています。
授業では、この回で扱っています
授業サイトは誰でも見られます。もう少し踏み込みたい人は、各回のページへどうぞ。
データ:Jones, K. E. et al. (2009) PanTHERIA: a species-level database of life history, ecology, and geography of extant and recently extinct mammals. Ecology 90: 2648. 霊長類376種のうち、成体の体重が記録されている265種を使用。科名の和名は授業「統計学Ⅰ」の教材による。
体験の標本は、選んだ種を戻してから次を選ぶ方式(復元抽出)で引いています。