第10回 全数調査と標本調査¶
12/8(火)Ⅴ講 16:40〜18:20・A301教室
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この回の考え方は、統計の考え方ガイドの「標本から全体を知る」でも解説しています。霊長類のデータを動かしながら確かめられます。
この回の問い¶
なぜ2,000人に聞くだけで、1億人の意見が分かることになるのか。
到達目標¶
- 母集団と標本の関係を説明できる
- 全数調査と標本調査の長所・短所を比較できる
- 無作為抽出の4種類と有意抽出の違いを理解する
- 標本誤差と選択バイアスの違いを説明できる
- 実際の調査の標本設計を読み、その妥当性を評価できる
- 発展:比率の標本誤差 \(\sqrt{p(1-p)/n}\) と、必要な標本数が母集団の大きさでほぼ決まらないことを、自分で導ける
要点¶
母集団と標本¶
母集団(Population) は、調査で明らかにしたい対象全体の集合である。「日本の有権者全体の意識」を知りたいなら母集団は日本の有権者(約1億人)、「北海道の高校生の学習時間」なら北海道の高校生全員となる。
母集団は調査の目的によって定義される。定義が曖昧だと、結果の解釈も曖昧になる。
標本(Sample) は、母集団から実際に取り出して調査する一部の集合である。
母集団(Population)
↓ 抽出(sampling)
標本(Sample)
↓ 調査・分析
標本統計量を算出
↓ 推測(inference)
母集団のパラメータを推定
一部で全体が分かるのは、適切な方法で選べば標本の特性が母集団を代表(represent)するからである。逆に言えば、選び方が適切でなければ、いくら数を集めても代表しない。
全数調査¶
母集団の全員を調べる方法。国勢調査がその代表である(→ 第5回)。精度は高いが、費用・時間・人員の負担が極めて大きい。だから5年に1回しかできない。
無作為抽出の4つの型¶
| 方法 | やり方 | 長所 | 短所 |
|---|---|---|---|
| ①単純無作為抽出 | 全員に等しい確率を与え、乱数で選ぶ | 偏りが最も少ない理想形 | 母集団全員のリスト(サンプリング台帳)が要る |
| ②系統抽出 | リストを並べ、一定間隔おきに選ぶ | 手続きが簡単・低コスト | リストに周期的パターンがあると偏る |
| ③層化抽出 | 母集団を層に分け、各層から抽出 | 各層を確実にカバー・精度が上がる | 層の区分けと各層の情報が必要 |
| ④クラスター抽出 | 集落単位で選び、その中を調べる | リストが不完全でも実施可能・低コスト | 標本誤差が大きくなりやすい |
多段抽出法は、クラスター抽出を2段階以上繰り返す方法である(都道府県を抽出 → 市区町村を抽出 → 個人を抽出)。実際の大規模調査はほぼこの形をとる。
有意抽出¶
無作為抽出によらず、調査者の判断や便宜で選ぶ方法。代表性より典型性・接触可能性を優先するため、質的研究で多用される。
| 種類 | 概要 |
|---|---|
| 便宜的抽出 | 手近な人・集まりやすい人を選ぶ(例:授業の受講者) |
| スノーボールサンプリング | 対象者に次の対象者を紹介してもらい、次々と広げる |
| 割り当て法(クオータ) | 性別・年齢等の割合を決め、それを満たすよう選ぶ |
| 理論的サンプリング | 理論の飽和を目指して選ぶ(グラウンデッド・セオリー等) |
標本誤差 ―― 必要な数は母集団の大きさで決まらない¶
標本誤差は、標本の特性と母集団の特性の間に生じるランダムな誤差である。標本が大きいほど小さくなる(\(SE = \sigma / \sqrt{n}\))が、全数調査でない限りゼロにはならない。
| 標本数 | 標本誤差の目安(比率・95%信頼水準) |
|---|---|
| n = 100 | ± 9.8% |
| n = 400 | ± 4.9% |
| n = 1,000 | ± 3.1% |
| n = 2,500 | ± 2.0% |
必要な標本数は「母集団の大きさ」ではなく「必要な精度」で決まる。 テレビ視聴率(ビデオリサーチ社)が、約1,800万世帯ある関東地区をわずか2,700世帯で推計できるのはこのためである。
導出①:± 9.8% はどこから来るのか(比率の標本誤差)
「賛成」の割合を知りたいとする。一人の回答を、賛成なら 1、反対なら 0 の数値と見る。すると「賛成の割合」は、この 0 と 1 の平均にほかならない。標本比率 \(\hat{p}\) は、実は標本平均なのである。
まず一人分のばらつきを求める。賛成の確率を \(p\) とすると、
0 と 1 は二乗しても値が変わらない(\(0^2 = 0\)、\(1^2 = 1\))。だから二乗の期待値も同じく \(p\) になる。したがって
あとは標本平均のばらつきの式 \(V[\bar{X}] = \sigma^2/n\) を使えばよい(統計学Ⅰ 第6回で導いている)。\(\sigma^2 = p(1-p)\) を入れて
ここで困ったことが起きる。誤差を計算するのに、知りたいはずの \(p\) が要る。 そこで「最悪でもこれ以下」という言い方をする。\(p(1-p)\) は \(p = 0.5\) のとき最大の 0.25 になるからである。
| \(p\) | 0.1 | 0.3 | 0.5 | 0.7 | 0.9 |
|---|---|---|---|---|---|
| \(p(1-p)\) | 0.09 | 0.21 | 0.25 | 0.21 | 0.09 |
最大値を使えば、\(p\) を知らないまま上限が言える。95% の幅は \(\pm 1.96 \times \mathrm{SE}\) だから
数値で確かめる:この式に入れると、n=100 で ±9.80%、n=400 で ±4.90%、n=1,000 で ±3.10%、n=2,500 で ±1.96%。上の表と一致する(表の「± 2.0%」は 1.96% を丸めた値)。
\(\sqrt{n}\) が分母にあるので、誤差を半分にするには標本を4倍にしなければならない。表で 100 → 400 のときに 9.8% が 4.9% になっているのがそれである。調査費用は人数にほぼ比例するから、精度を2倍にする費用は4倍になる。標本設計とは、この釣り合いを決める作業である。
使った数学:期待値と分散の定義、二乗の展開、標本平均のばらつきの式(統計学Ⅰ 第6回)。
導出②:なぜ必要な数は、母集団の大きさで決まらないのか
導出①で出た式をもう一度見てほしい。
母集団の大きさ \(N\) が、どこにも入っていない。 1億人だろうと500万人だろうと、式は \(n\) しか見ていない。これがこの節の見出しの正体である。
ただし厳密には、これは近似である。同じ人を二度選ばない取り方(非復元抽出)のとき、正しい式には有限母集団修正という係数がつく。
そこで、この係数が \(N\) の大きさでどう動くかを見る。\(n = 1{,}000\) に固定して計算すると:
| 母集団 \(N\) | 修正係数 | 誤差(\(p=0.5\)) |
|---|---|---|
| 1万 | 0.9487 | ± 2.94% |
| 10万 | 0.9950 | ± 3.08% |
| 100万 | 0.9995 | ± 3.10% |
| 500万(北海道の人口規模) | 0.9999 | ± 3.10% |
| 1億(有権者の規模) | 1.0000 | ± 3.10% |
100万を超えたあたりから、係数は 1 と区別がつかなくなる。北海道民500万人について調べるのも、日本人1億人について調べるのも、必要な標本数は同じということである。
直感には反する。1億人が相手なら1万人くらい要りそうに思える。だが母集団が大きいほど抽出率は下がる一方で、精度は落ちない。\(N = 1\) 億で \(n = 1{,}000\) なら抽出率は 0.001% にすぎないのに、誤差は500万人のときと変わらない。よくかき混ぜた鍋の味見と同じで、鍋が大きくても、味見の量を増やす必要はない。
「よくかき混ぜてあれば」が効いている
この式が成り立つのは無作為抽出のときだけである。選ばれ方に偏りがあると、\(n\) をいくら増やしてもこの式は当てはまらない。次の節の Literary Digest は230万人を集めながら外した。\(n\) が大きいことは、偏りを一切埋め合わせない。この導出が保証しているのは「数が足りていること」だけで、「選び方が正しいこと」は何も保証していない。
数値で確かめる:上の表の修正係数と誤差は、すべて \(\sqrt{(N-n)/(N-1)}\) に直接入れて計算した値である。
使った数学:平方根の大小、割り算の極限(\(N\) が大きいとき \((N-n)/(N-1) \to 1\))。
導出③:「± 3.1%」は、何についての 95% なのか
支持率の報道でよく見る「誤差 ±3ポイント」には、読み方の落とし穴がある。
「支持率 42%、誤差 ±3.1%」と出たとき、これは「真の支持率が 38.9% から 45.1% の間にある確率が 95%」という意味ではない。 真の支持率は、いま現に一つの値に決まっている。決まっている値が決まっている区間に入るかどうかは、入っているか外れているかのどちらかでしかない。
ランダムなのは区間のほうである。調査をやり直せば、選ばれる人が変わり、出てくる区間も動く。だから正しい読み方はこうなる。
この手続きで区間を作ることを何度も繰り返すと、作った区間の約95%が真の値を含む。
95% とは、手続きの当たり率のことである。いま手元にある1本が当たっているか外しているかは、分からない。
この区別は統計学Ⅰ 第7回で、式の上から導いている。不等式を真の値について解くと、動いているのは区間の両端だけで、真の値のほうは動いていないことが、式の形としてそのまま見える。
調査報告を読むときは、「95%」が区間の作り方についての性質であって、目の前の数字についての性質ではないことを押さえておくとよい。
使った数学:確率が何に対して定義されているかの区別(統計学Ⅰ 第7回 導出③)。
選択バイアス ―― 大きさより、選ばれ方¶
選択バイアスは、標本の選ばれ方に系統的な偏りが生じることをいう。インターネット調査では、ネットを使わない層(高齢者・低所得層など)が除外され、回答意欲の高い人が過剰に集まる。
Literary Digest の失敗(1936年 米大統領選)
約230万人という桁外れの規模で調査したにもかかわらず、予測は大外れした(実際はルーズベルトが圧勝)。原因は抽出方法にある ―― 電話帳と自動車登録者から選んだため、当時としては豊かな層に偏った。 標本の大きさではなく、標本の選ばれ方(代表性)が結果を決める。
実例 ―― 内閣府「社会意識に関する世論調査」¶
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 調査対象 | 全国18歳以上の日本国籍を持つ者 |
| 標本数 | 3,000人(回収目標:約1,800人) |
| 抽出方法 | 層化2段抽出法(地域×都市規模で層化 → 地点抽出 → 個人抽出) |
| 調査方法 | 郵送法(調査票を郵送し、郵送または電子で回収)。2020年9月の調査から、それまでの個別面接聴取法に代わった |
| 実施時期 | 毎年1〜2月頃 |
考えてみよう:なぜ層化2段抽出法を使うのか。面接から郵送に変わると、回収率や回答の傾向はどう変わりうるか(→ 第11回)。
今日の課題(Moodle提出)¶
配点:100点(この授業の評価は毎回の課題100%) / 提出期限:次回授業の開始前まで
分量の目安:300〜500字
以下のいずれかの調査(または自分で見つけた調査)を取り上げ、その標本設計について論じること。
- 内閣府「社会意識に関する世論調査」(最新版・内閣府ウェブサイトで公開)
- NHK「日本人の意識」調査
- 自分で選んだ学術論文・報告書中の調査
記述する内容
- 調査の名称・実施機関・調査時期
- 母集団と標本の設計(対象・抽出方法・標本数)
- 標本設計の妥当性に関するあなたの評価:何が適切か、どのような限界・問題があるか
この回のまとめ¶
- 母集団:調査で明らかにしたい対象全体
- 全数調査:全員を調査 → 精度は高いがコスト大
- 標本調査:適切な抽出で母集団を代表できる
- 無作為抽出の4種類:単純無作為・系統・層化・クラスター
- 有意抽出:代表性より典型性・接触可能性を優先(質的研究で多用)
- 標本誤差:標本が大きいほど小さくなる
- 選択バイアス:大きさより選ばれ方(代表性)が重要
- 実際の調査では複数の抽出方法を組み合わせる(多段抽出)
次回予告
第11回「アンケート調査の方法と調査例」。質問文ひとつで結果は変わる。
参考文献¶
【入門書・教科書】¶
大谷信介・木下栄二・後藤範章・小松洋(編)(2013)
『新・社会調査へのアプローチ――論理と方法』ミネルヴァ書房.
→ 標本調査の論理と手続きを丁寧に解説。無作為抽出の各手法(単純無作為・系統・層化・クラスター)の説明が本回の中心的参照先。
盛山和夫(2004)
『社会調査法入門』有斐閣ブックス.
→ 第3章「標本調査の論理」が本回の内容に直接対応。母集団・標本・標本誤差の概念を丁寧に論じている。
轟亮・杉野勇(編)(2017)
『入門・社会調査法【第3版】――2ステップで基礎から学ぶ』法律文化社.
→ 標本抽出の手順を図示で解説しており、初学者にわかりやすい。演習問題も豊富。
島崎哲彦(編)(2011)
『社会調査の方法』学文社.
→ 実際の標本調査の設計・実施事例を多数収録。行政調査の標本設計を学ぶのに適した参照先。
【標本調査・統計的推測の理論】¶
竹内光悦・元治恵子・山口和範(2005)
『アンケート調査とデータ解析の仕組みがよ〜くわかる本:社会調査のためのデータの集め方と統計解析入門』秀和システム.
→ 調査票の作り方から標本の大きさ・集計・解析までを図解で追える。数式アレルギーがある学生にも読みやすい。
西内啓(2013)
『統計学が最強の学問である』ダイヤモンド社.
→ 標本調査の論理とその社会的応用を平易に解説したベストセラー。「なぜ一部でわかるのか」への直感的説明として有用。
Fowler, F. J. (2013).
Survey Research Methods (5th ed.). Sage.
→ 英語文献だが標本調査の方法論の国際標準テキスト。標本設計・回収率・調査誤差について包括的にカバー。
【選択バイアス・調査の問題】¶
谷岡一郎(2000)
『「社会調査」のウソ――リサーチ・リテラシーのすすめ』文春新書.
→ 実際の調査データの誤用・偏りを具体例で批判的に解説。選択バイアスや調査設計の問題をわかりやすく学べる。
ダレル・ハフ(著)高木秀玄(訳)(1968)
『統計でウソをつく法』講談社ブルーバックス.
(原著:Huff, D. (1954). How to Lie with Statistics. Norton.)
→ 標本の偏り・数字の見せ方のトリックを古典的な手法で解説。薄くて読みやすく、調査リテラシーの基礎として推薦。
【ウェブリソース・公的調査の事例】¶
| 名称 | URL | 概要 |
|---|---|---|
| 総務省統計局(令和2年(2020年)国勢調査) | https://www.stat.go.jp/data/kokusei/2020/index.html | 国勢調査の概要・調査票・結果を公開。全数調査の実例として参照 |
| 内閣府世論調査 | https://survey.gov-online.go.jp/ | 標本設計・調査方法・結果をすべて公開。課題の参照先として推奨 |
| e-Stat(政府統計の総合窓口) | https://www.e-stat.go.jp/ | 各省庁の統計調査の概要・調査票・集計結果を横断検索 |
| ビデオリサーチ(視聴率調査) | https://www.videor.co.jp/ | 民間の標本調査の代表例。関東地区は2,700世帯(2020年3月に900世帯から拡大)。地区ごとに別々の標本で推計している |
| 統計数理研究所「日本人の国民性調査」 | https://www.ism.ac.jp/kokuminsei/ | 1953年から継続している縦断的標本調査の実例。調査設計が公開されている |
【次回(第11回「アンケート調査の方法と調査例」)に向けた事前読書】¶
以下のいずれかを事前に参照しておくと第11回の理解が深まります(任意):
- 大谷信介ほか(2013)上掲書 「質問紙の設計」の章
- 内閣府ウェブサイトで任意の世論調査の「調査票」を1部ダウンロードして眺めておく
(例:「社会意識に関する世論調査」https://survey.gov-online.go.jp/)
調査票の質問の順番・選択肢の設計・フェイスシートの構成に注目してみてください。