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第06回 確率分布と標本/中心極限定理

11/10(火)Ⅱ講 10:35〜12:15・B402教室

なぜ「一部」から「全体」を語れるのか ―― 推測統計のはじまり


この回のゴール

  • 母集団と標本の違いを説明できる
  • 中心極限定理(CLT):母集団がどんな形でも、標本平均の分布は正規分布に近づくことを体感する
  • 標準誤差 \( SE = \sigma/\sqrt{n} \) を理解し、「数の多さは偏りを直さない」ことを知る

到達目標との対応:G1(記述統計から推測統計への橋)


1. フック:なぜ一部で全体が分かる?

  • 視聴率は、全国数千万世帯のうちたった数百世帯を調べて出している。
  • 味噌汁の味見は、鍋全体を飲まなくてもひと匙で分かる。

なぜ一部で全体を語れるのか。その数学的な裏づけが 中心極限定理 だ。


2. 母集団と標本

  • 母集団(population):本当に知りたい全体
  • 標本(sample):実際に調べる一部

今日の母集団は「体重の記録がある霊長類265種」。

母集団
母集団の大きさ N 265 種
母平均 μ 5,881 g
母標準偏差 σ 13,110 g
歪度 +7.60(右に強く歪む=正規ではない)

歪度7.60 は極端である

一般に「歪んでいる」と言われるデータの歪度は1〜2程度。この母集団で中心極限定理が本当に効くのかが、今日の見どころになる。


3. 標本平均は、母平均の周りに散らばる

母集団から n=30 種を無作為に選んで平均を取ると、母平均(5,881g)に近いがぴったりではない値が出る。数十gの種と数万gの種が混ざっているので、大型種が1種でも多く入れば標本平均は跳ね上がる。1回では運に左右される。

そこで n=30 の標本取り→平均を2000回くりかえすと、標本平均たちはどう散らばるか?

  • 標本平均の平均 ≈ 5,850 g(母平均5,881とほぼ一致)
  • 標本平均のばらつき(SD)≈ 2,300 g
  • 標本平均の分布の歪度 ≈ 1.3(母集団の7.60から大きく下がった=正規に近づいた

中心極限定理(CLT)

母集団がどんな形(歪んでいても)でも、標本平均をたくさん集めると、その分布は正規分布に近づく。 だから「一部」から「全体の平均」を語れる。

ただし、まだ正規分布ではない

よく「n が30あれば正規分布とみなしてよい」と言われる。だが歪度1.3は、決して0ではない。分布は右にまだ裾を引いている

「n=30ルール」は、母集団がそこそこ対称なときの目安にすぎない。この母集団のように極端に歪んでいると、30では足りない。


4. 標本サイズ n を増やすと「締まる」

n を 5・30・100・500 と変えて標本平均の分布を比べると、2つのことが同時に起きる

① ばらつきが小さくなる(締まる) ―― そのばらつきが 標準誤差(Standard Error, SE)

\[ SE = \frac{\sigma}{\sqrt{n}} \]

② 形が正規分布に近づく(ただし、ゆっくり)

n SE の理論値 \( \sigma/\sqrt{n} \) 実測SD 歪度
母集団 13,110 7.60
5 5,863 5,674 3.62
30 2,394 2,430 1.49
100 1,311 1,333 0.79
500 586 581 0.30

n を 4倍にすると SE は 半分。だから「精度を2倍にするには4倍のデータが要る」。データを増やす効果は、増やすほど鈍くなる。

そして注目すべきは、右の2列の進み方の違いである。ばらつきは 1/√n できれいに縮むのに、歪みはなかなか取れない。n=500 でもまだ0.3残っている。

CLTが言っていること・言っていないこと

CLTは「いつかは正規になる」と言っているだけで、「n=30で正規になる」とは言っていない。 必要な n は、母集団がどれだけ歪んでいるかで決まる。

尺度を選ぶと、必要な n が変わる

第3回で、体重は対数にすると左右対称に近づいた(歪度 7.60 → −0.40)。対数の体重を母集団にすると:

n 歪度(対数スケール) 歪度(生スケール)
5 −0.20 3.54
30 0.03 1.38

対数にすると、n=5 の時点でもう十分に対称。生のスケールで n=500 かけても届かなかった水準である。

同じデータ、同じ標本サイズ。違うのは尺度だけ。どの尺度で分析するかは、必要なデータ量を左右する実務的な判断でもある。

(ただし注意:対数の平均を戻しても元の平均にはならない。対数で分析すると「幾何平均」の話になる。何を推定したいのかで選ぶこと。)


5. 大事な区別:「標本そのもの」≠「標本平均の分布」

よくある誤解

「標本を取ると正規分布になる」――ちがう。 正規に近づくのは 標本平均の分布であって、標本そのものは母集団と同じ形(歪んだまま)。

  • 標本そのもの(1000回抽出)→ 母集団どおり歪んだ形
  • 標本平均(n=30)の分布 → 正規に近い釣鐘型

混同すると「うちのデータは正規分布だ」と誤って正規前提の手法を使ってしまう。


6. ただし「無作為抽出」が大前提

CLTが効くのは、標本が母集団から偏りなく・独立に選ばれているとき。

  • 「声の大きい人」「答えやすい人」ばかり選べば、いくら数を増やしても偏ったまま。これは標本数の問題ではなく、抽出の偏りの問題。
  • みんなが互いに影響し合って答えをそろえる(=空気を読む)と、標本の独立性が壊れ、推測の前提が崩れる。

数の多さは、偏りを直さない

偏った集め方をしたデータは、何万件あっても母集団を正しく代表しない。 「たくさん集めた」は「正しく集めた」ではない。

今日の「母集団」自体が、実は偏った標本である

ここまで265種を母集団として扱ってきた。しかし この265種は「体重が測られた種」でしかない。霊長類376種のうち、体重の記録があるのは70%。残り111種は測られていない。

そして測られている種には偏りがある。よく研究されてきた科は埋まり、研究者が少ない・観察が難しい科は空欄が多い。

つまり「霊長類の平均体重 5,881g」は、厳密には 「よく研究されてきた霊長類の平均体重」 である。

データの形は、世界の形であると同時に、研究の歴史の形でもある。 どんなに立派な統計手法を使っても、何が測られなかったかは数字の中に現れない。 それに気づけるのは、対象を知っている人間だけである。


まとめ

概念 ひとこと
母集団 / 標本 知りたい全体 / 実際に調べる一部
中心極限定理(CLT) 母集団がどんな形でも、標本平均の分布は正規に近づく
n=30ルールの限界 母集団が強く歪んでいると30では足りない(歪度7.6→n=30でまだ1.5)
標準誤差 \( SE=\sigma/\sqrt{n} \) 標本平均のばらつき。n を増やすと小さくなる
標本 ≠ 標本平均 正規に近づくのは「標本平均の分布」。標本そのものは母集団の形のまま
無作為抽出 CLTの大前提。偏った抽出は数を増やしても直らない

一部から全体を語れるのは、標本平均がCLTにより正規分布に近づくから。 ただし「無作為に集めた」ことが大前提 ―― 数の多さは偏りを直さない。

教科書に書いてある目安(n=30)を、自分のデータで確かめた。そして通用しなかった。 目安は目安であって、法則ではない。確かめる手段を、あなたはもう持っている。


今日の課題(Moodle提出)

配点:100点(自動採点40点 + 記述60点)/ 提出先:Moodle

Colab 06_sampling_clt.ipynb を実行したうえで答えること。


パートA:選択問題(自動採点・各10点 ×4=40点)

A1. 中心極限定理(CLT)について正しいのは? - (ア) 標本を取ると、標本そのものが正規分布になる - (イ) 母集団がどんな形でも、標本平均の分布は正規分布に近づく - (ウ) 母集団が正規分布のときだけ、標本平均も正規分布になる

A2. 標本サイズ n を 5 → 30 → 100 と増やしたとき、標本平均の分布に起きたことは? - (ア) 母平均から遠ざかって広がった - (イ) 母平均の周りにギュッと締まった(ばらつきが小さくなった) - (ウ) 形も位置も変わらなかった

A3. 標準誤差は \( SE = \sigma/\sqrt{n} \)。標本サイズ n を 4倍にすると、SE はおよそ何倍になるか。 - (ア) 4倍 (イ) 2倍 (ウ) 1/2倍 (エ) 1/4倍

A4. 「アンケートをとにかくたくさん集めれば、偏りは消えて正確になる」。この考えの問題点として最も適切なのは? - (ア) 正しい。数が多いほど必ず正確になる - (イ) 偏った集め方(例:答えやすい人ばかり)だと、数を増やしても偏りは直らない - (ウ) 数が多いと計算が大変になるだけ


パートB:記述問題(AIフィードバック対象・60点)

【全記述に共通・重要】自分の出力を引用すること

記述には、今日のColabで確認した数値を最低1つ引用すること(例:「母集団の歪度0.91が標本平均では0.20に下がった」「n=30で標本平均のSDは約52、σ/√n と一致」)。引用がない記述は満点になりません。

B1.(30点) 今日のシミュレーションで、標本サイズ n を 5・30・100 と増やした。標本平均の分布に何が起きたかを、「ばらつき(標準誤差)」と「分布の形(正規への近づき)」の2点に触れて説明しなさい。

B2.(30点) 「視聴率は、全国数千万世帯のうちたった数百世帯を調べて出している」。なぜそんな少数で全国の傾向を語れるのか、中心極限定理の言葉を使って説明しなさい。また、その推測が成り立つために絶対に必要な条件を1つ挙げなさい。

目安:B1・B2あわせて350〜550字。自分の言葉で書くこと。

次回予告

第7回「推定:点推定と区間推定」。この標準誤差を使って、母平均を1点ではなく区間で推定する。そして「信頼区間95%」の、誤解されがちな本当の意味へ。