コンテンツにスキップ

第12回 ベイズ統計の入り口

12/22(火)Ⅱ講 10:35〜12:15・B402教室

データで「信念」を更新する、もう一つの確率の見方


考え方をガイドで確かめる

この回の考え方は、統計の考え方ガイドの「確率とベイズ」でも解説しています。霊長類のデータを動かしながら確かめられます。

この回のゴール

  • ベイズの確率観(信念の度合い)と、頻度論との違いを説明できる
  • 事前確率・尤度・事後確率と、ベイズ更新の流れを理解する
  • 陽性的中率を計算し、「事前情報を無視すると直感が外れる」ことを体感する
  • 発展:ベイズの定理を条件付き確率の定義から導き、仮説が有限個なら四則演算だけで事後確率を出せる

到達目標との対応:G4(ベイズ推定の基礎)。


0. フック:99%正確な検査で陽性。あなたは病気?

ある病気の検査は 99%正確(病気の人の99%が陽性、健康な人の99%が陰性)。 あなたは陽性だった。本当に病気である確率は?

直感は「99%、もうダメだ…」と言う。本当だろうか。有病率1%の集団で、1万人で考える:

人数 うち陽性
病気の人 100 99
健康な人 9,900 99(偽陽性!)

陽性になった 198人のうち、本当に病気は 99人。

\[ P(\text{病気}\mid\text{陽性}) = \frac{99}{198} = 50\% \]

直感は99%、実際は50%

病気の人は元々少ない(1%)。だから「健康なのに偶然陽性(偽陽性)」が、本当の陽性と同じくらい出る。 直感が外れたのは、事前の情報(有病率1%)を無視したから。これを取り込むのがベイズ。


1. ベイズの3要素

\[ \underbrace{P(\text{病気}\mid\text{陽性})}_{\text{事後確率}} = \frac{\overbrace{P(\text{陽性}\mid\text{病気})}^{\text{尤度}}\,\overbrace{P(\text{病気})}^{\text{事前確率}}}{P(\text{陽性})} \]
  • 事前確率:データを見る前の信念(ここでは有病率1%)
  • 尤度:そのパラメータならデータが出やすいか(病気なら陽性が出やすさ)
  • 事後確率:データを見たあとに更新された信念
導出①:ベイズの定理は、条件付き確率の定義を書き換えただけ

条件付き確率の定義は1本しかない。「B が起きたもとでの A の確率」は、

\[ P(A\mid B) \;=\; \frac{P(A\cap B)}{P(B)} \]

A と B を入れ替えても、同じ定義がそのまま使える。

\[ P(B\mid A) \;=\; \frac{P(A\cap B)}{P(A)} \]

どちらの式にも \( P(A\cap B) \) が入っている。それぞれを \( P(A\cap B) \) について解くと、

\[ P(A\cap B) \;=\; P(A\mid B)\,P(B) \;=\; P(B\mid A)\,P(A) \]

右の2つが等しいので、両辺を \( P(B) \) で割れば、

\[ P(A\mid B) \;=\; \frac{P(B\mid A)\,P(A)}{P(B)} \]

これがベイズの定理である。新しい仮定は1つも入れていない。条件付き確率の定義を2通りに書いて、共通部分を消しただけである。「定理」という名前がついているが、中身は定義の書き換えにすぎない。

A を「病気」、B を「陽性」と読めば、この節の最初に挙げた式そのものになる。

使った数学:条件付き確率の定義と、等式の変形だけ。微分も積分も使っていない。

導出②:検査の問題を、式に入れて解く

記号を決める。\( D \) を「病気である」、\( + \) を「検査が陽性」とする。与えられているのは次の3つ。

  • 事前確率(有病率) \( P(D) = 0.01 \)
  • 尤度(感度) \( P(+\mid D) = 0.99 \)
  • 偽陽性率(= 1 − 特異度) \( P(+\mid \text{健康}) = 0.01 \)

分母の \( P(+) \) は与えられていないので、陽性になる2つの道筋に分けて自分で作る。病気で陽性になる道と、健康なのに陽性になる道である。

\[ P(+) \;=\; P(+\mid D)P(D) \;+\; P(+\mid \text{健康})P(\text{健康}) \]

数を入れると、

\[ P(+) \;=\; 0.99\times0.01 \;+\; 0.01\times0.99 \;=\; 0.0099 + 0.0099 \;=\; 0.0198 \]

2つの項がまったく同じ大きさになっている。ここが直感の外れどころである。あとは導出①の式に代入するだけ。

\[ P(D\mid +) \;=\; \frac{P(+\mid D)P(D)}{P(+)} \;=\; \frac{0.0099}{0.0198} \;=\; \frac{1}{2} \;=\; 50\% \]

1万人の表で数えた \( 99/198 \) と同じ値である。あの表は、この式を人数に直して数えたものだった。

事前確率だけを動かすと、結論はこう変わる(感度・特異度は99%のまま動かさない)。

有病率 \( P(D) \) 陽性的中率 \( P(D\mid +) \)
0.1% 9.0%
1% 50.0%
10% 91.7%
50% 99.0%

検査の性能はまったく変えていない。変えたのは事前確率だけである。それでも結論は9%から99%まで動く。「検査が99%正確」という一文だけでは、陽性という結果の意味は決まらない。

使った数学:場合分けして足す(全確率の公式)と、導出①への代入。四則演算のみ。


2. 頻度論 vs ベイズ ―― 2つの世界観

頻度論(これまで) ベイズ
確率とは 長い目で見た頻度(手続きの当たり率) 信念の度合い(今どれくらい確からしいか)
パラメータ(母平均など) 固定された定数(第7回) 確率分布を持つ(信念として)
やること データから手続きで推定 事前 × データ → 事後 に更新
95%区間 信頼区間(手続きの当たり率) 信用区間(真値がこの中にある確率95%、と言える)

どちらが正しいではなく、世界の捉え方が違う。第7回で「信頼区間の95%は真値が入る確率ではない」と苦労したが、ベイズの信用区間なら「真値がこの中にある確率が95%」と素直に言える。


3. ベイズ更新を見る ―― コインの表確率θ

あるコインの「表が出る確率 θ」を知りたい。最初は何も分からないので、θは0〜1のどれも同程度という一様な事前から始め、投げるたびに更新する(表k回・裏(n−k)回を見たら、事後は Beta(1+k, 1+n−k))。

真の値を0.7として投げていくと:

投げた回数 事後平均 95%信用区間(幅)
0 0.50 0.95
5 0.86 0.46
20 0.68 0.38
100 0.75 0.17

データが増えるほど信念は締まり、真値0.7の近くに絞り込まれる。これがベイズ更新:データを見るたびに信念を上書きしていく。

導出③:仮説が2つしかないなら、ベイズは分数の計算で終わる

上のコインでは θ が 0〜1 のどこでもよいとした。ここでは話を思い切って絞り、θ は 1/4 か 3/4 のどちらかだと分かっている場合を考える。どちらかは分からないので、事前は五分五分(\( P(\theta=1/4)=P(\theta=3/4)=1/2 \))とする。

3回投げて、3回とも表が出た。それぞれの仮説のもとで、この結果の出やすさ(尤度)は、

\[ P(\text{表表表}\mid \theta=\tfrac{3}{4}) = \left(\tfrac{3}{4}\right)^{3} = \tfrac{27}{64}, \qquad P(\text{表表表}\mid \theta=\tfrac{1}{4}) = \left(\tfrac{1}{4}\right)^{3} = \tfrac{1}{64} \]

導出①の式に入れる。分母は導出②と同じく、2つの道筋に分けて作る。

\[ P\!\left(\theta=\tfrac{3}{4}\,\middle|\,\text{表表表}\right) \;=\; \frac{\tfrac{1}{2}\cdot\tfrac{27}{64}}{\tfrac{1}{2}\cdot\tfrac{27}{64} \;+\; \tfrac{1}{2}\cdot\tfrac{1}{64}} \;=\; \frac{27}{27+1} \;=\; \frac{27}{28} \;\approx\; 96.4\% \]

事前の \( 1/2 \) も、分母の \( 64 \) も、約分で消えた。残ったのは尤度の比 27 : 1 だけである。

1回ずつ更新しても、同じ値にたどり着く。前回の事後を次の事前として使えばよい。

表が出た回数 \( P(\theta=3/4) \)
0(事前) 1/2 = 50.0%
1 3/4 = 75.0%
2 9/10 = 90.0%
3 27/28 = 96.4%

まとめて計算しても、1回ずつ更新しても、行き着く先は同じ \( 27/28 \) である。更新の順番や刻み方は、結論を変えない。

ベイズに微積分は要らない

この計算に出てきたのは、分数のかけ算と足し算だけである。積分も、確率密度も、共役事前分布も使っていない。

上の第3節で Beta 分布が出てきたのは、θ を 0〜1 の連続値として置いたからであって、ベイズという考え方そのものが微積分を要求しているわけではない。仮説が有限個なら、ベイズ推論は四則演算だけで完結する。


4. 「事前は主観だから非科学的」?

よくある批判。だが――事前が違っても、データが増えれば事後はほぼ一致する。同じ100回の結果(表75回)を、正反対の事前を持つ2人が見ると:

事前 事前平均 事後平均
懐疑的 Beta(2,8) 0.20 0.70
楽観的 Beta(8,2) 0.80 0.75

事前は『非科学』ではなく『出発点』

出発点(信念)が正反対でも、データを見たあとの結論はほぼ同じ(約0.70〜0.76)。 データが十分あれば、事前の影響は薄まる。事前は分析を始めるための出発点であって、結論を勝手に決めるものではない。


まとめ

概念 ひとこと
ベイズの確率 信念の度合い(今どれくらい確からしいか)
事前→尤度→事後 事前の信念を、データ(尤度)で更新して事後にする
ベイズ更新 データを見るたびに信念を上書き。増えるほど締まる
信用区間 「真値がこの中にある確率95%」と言える(信頼区間とは違う)
❌ 誤り 事前は主観だから非科学/ベイズは頻度論の上位互換

ベイズは『データで信念を更新する』枠組み。頻度論とは世界観が違うだけで、優劣ではない。 検査の例のように、事前情報を無視すると直感は大きく外れる。


今日の課題(Moodle提出)

配点:100点(選択40点 + 記述60点)/ 提出先:Moodle / 提出期限:次回授業の開始時刻まで

Colab 12_bayes.ipynb を実行したうえで答えること。


パートA:選択問題(各10点 ×4=40点)

A1. 有病率1%・感度99%・特異度99%の検査で陽性だったとき、本当に病気である確率(陽性的中率)に最も近いのは?

  • (ア) 99% (イ) 90% (ウ) 50% (エ) 1%

A2. A1で直感(99%)が大きく外れた理由として最も適切なのは?

  • (ア) 検査の精度が低いから
  • (イ) 病気の人が元々少なく(事前確率が低く)、偽陽性が無視できないから
  • (ウ) 計算を間違えたから

A3. ベイズの用語で、「データを見る前の信念」を表すのはどれか。

  • (ア) 事後確率 (イ) 尤度 (ウ) 事前確率

A4. ベイズ更新について正しいのは?

  • (ア) データが増えても事後分布は変わらない
  • (イ) データが増えるほど事後分布は狭まり、真の値の近くに締まる
  • (ウ) 事前が違うと、いくらデータを増やしても結論は永遠に一致しない

パートB:記述問題(AIフィードバック対象・60点)

【全記述に共通・重要】自分の出力を引用すること

記述には、今日のColabであなたのノートが出した数値を最低1つ引用すること。ここには値を書かない。自分の画面に出た値を使うこと。 引ける量の例:「陽性的中率」「n=100のときの信用区間の幅」「正反対の事前から出発した2人の事後確率」。 引用がない記述は満点になりません。

ただしB1(頻度論とベイズの考え方の対比)は概念を問う設問なので、引用は任意です(2026-10-27 変更)。

B1.(30点) 「頻度論」と「ベイズ」の確率の考え方の違いを、自分の言葉で説明しなさい。少なくとも、(1)確率を何と捉えるか、(2)母平均などのパラメータを「固定された定数」と見るか「分布を持つもの」と見るか、の2点に触れること。第7回の信頼区間と、ベイズの信用区間の違いにも触れられるとよい。

B2.(30点) ある人が「ベイズは事前確率という主観を入れるから、非科学的で信用できない」と言っている。今日のシミュレーション(正反対の事前を持つ2人が同じデータを見た結果)をふまえて、この批判に反論しなさい。

目安:B1・B2あわせて350〜550字。自分の言葉で書くこと。

字数は目安です。多少の過不足で減点はしません。見るのは、設問が挙げた要素(上の箇条書き)が書けているかどうかです。ただし要素が抜けていれば、その分は引きます。

次回予告

第13回「多変量解析への招待(主成分分析 PCA)」。たくさんの変数の背後にある少数の軸を見つける。次元を削減して本質を見る手法へ。