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第08回 仮説検定(1):帰無仮説とt検定

11/24(火)Ⅱ講 10:35〜12:15・B402教室

「差がある」とは何か ―― そして、p値という誤解されやすい数


考え方をガイドで確かめる

この回の考え方は、統計の考え方ガイドの「仮説検定とp値」でも解説しています。霊長類のデータを動かしながら確かめられます。

この回のゴール

  • 帰無仮説・対立仮説と、検定の背理法的なロジックを説明できる
  • t検定を実行し、p値を正しく解釈できる
  • 「p値 ≠ 効果の大きさ」「有意 ≠ 重要」を理解し、効果量も見る習慣をつける
  • 発展:不偏分散がなぜ \( n-1 \) で割るのか、t 統計量がどこから来るのかを、自分で導ける

到達目標との対応:G2(このコースの中核)。


0. フック

保護区の中と外で、同じ種のサルの体重を測った。保護区の中のほうが平均0.2kg重かった。 これは「保護区に効果があった」のか、「たまたま」なのか?

直感では決められない。0.2kgは大きい?小さい?――この問いに答えるのが仮説検定だ。


1. 帰無仮説 ―― 背理法で考える

検定は背理法に似ている。

  1. まず「差はない(偶然だ)」と仮定する。これが 帰無仮説。
  2. その仮定のもとで、観測されたような差が起きる確率を計算する。これが p値。
  3. p値がとても小さい(=偶然ではめったに起きない)なら、「差はない」という仮定のほうが間違っていた、と考える。これを「有意差がある」という。

「差がある」=「偶然では説明しにくいほどの差だった」の言い換え。


2. t検定をやってみる(明確な差の例)

霊長類の進化を語るとき、大きな区分が 旧世界ザル(アフリカ・アジア)と 新世界ザル(中南米)である。両者は3,000万年以上前に分かれた。この2つの科で体重に差があるかを調べる。第3回のとおり体重は対数で扱う。

科 体重の中央値(n)
オナガザル科(旧世界) 7,226 g(92種)
オマキザル科(新世界) 492 g(39種)

t検定の結果:t = 20.03、p ≈ 8.4 × 10⁻²⁷(ほぼ0)。

「差はない」と仮定すると、これほどの差(中央値で約15倍)は偶然ではまず起きない → 有意差あり。

対照:差がない例も、同じデータの中にある

今度は オナガザル科(旧世界)と クモザル科(新世界) を比べる。クモザル科も新世界ザルだが、大型の種が多い。

科 体重の中央値(n)
オナガザル科 7,226 g(92種)
クモザル科 6,652 g(16種)

t = −0.02、p = 0.98。 まったく差があると言えない。

何と何を比べるかは、検定の外側

旧世界か新世界かで決まるのではない。新世界ザルの中に、小型のオマキザル科と大型のクモザル科が両方いるからである。

同じデータ・同じ手法で、比べる相手を変えただけで結論が正反対になる。「何と何を比べるか」は検定にかける前のあなたの判断であり、統計は「その比較が妥当か」を教えてくれない。

導出①:なぜ \( n-1 \) で割るのか(不偏分散)

標本からばらつきを見積もるとき、分散は \( s^2 = \frac{1}{n-1}\sum (X_i-\bar{X})^2 \) と、\( n \) ではなく \( n-1 \) で割る。なぜか。

偏差の二乗和を、母平均 \( \mu \) からのズレに書き換える。\( X_i-\bar{X} = (X_i-\mu)-(\bar{X}-\mu) \) と分けて展開すると、

\[ \sum_{i=1}^{n}(X_i-\bar{X})^2 \;=\; \sum_{i=1}^{n}(X_i-\mu)^2 \;-\; n(\bar{X}-\mu)^2 \]

(交差項は \( \sum (X_i-\bar{X})=0 \)、つまり偏差の和がゼロになることから消える。第3回で「そのまま足すと打ち消し合う」と確認した、あの性質である。)

ここで両辺の期待値を取る。右辺の第1項は \( \mathbb{E}[(X_i-\mu)^2]=\sigma^2 \) が \( n \) 個で \( n\sigma^2 \)。第2項は、第7回の導出②で得た \( \mathbb{E}[(\bar{X}-\mu)^2]=\mathrm{Var}[\bar{X}]=\sigma^2/n \) を使って \( n\cdot\sigma^2/n = \sigma^2 \)。よって

\[ \mathbb{E}\!\left[\sum_{i=1}^{n}(X_i-\bar{X})^2\right] \;=\; n\sigma^2 - \sigma^2 \;=\; (n-1)\,\sigma^2 \]

だから \( n-1 \) で割れば期待値がちょうど \( \sigma^2 \) になる。\( n \) で割ると系統的に小さめに出る。

なぜ1つ減るのか:二乗和の中心に、母平均 \( \mu \) ではなくデータから計算した \( \bar{X} \) を使っている。\( \bar{X} \) はデータに一番近い位置に自分で寄っていくので、ズレが本来より小さく見える。その「使ってしまった1つ分」が自由度 \( n-1 \) である。

数値で確かめる:この母集団から n=30 を20万回とると、\( \sum(X_i-\bar{X})^2 \) の平均は 4,979,270,647。\( (n-1)\sigma^2 = 29\sigma^2 \) は 4,984,114,411(比 0.999)。n で割ると 165,975,688 となり母分散 171,866,014 を下回るが、n−1 で割ると 171,698,988 でほぼ一致する。

使った数学:二乗和の展開と総和の記号操作(線I)、期待値の線形性(微I)、第7回で導いた \( \mathrm{Var}[\bar{X}]=\sigma^2/n \)。

導出②:t 統計量はどこから来るか

第7回の導出③で、母標準偏差 \( \sigma \) が既知なら

\[ Z \;=\; \frac{\bar{X}-\mu}{\sigma/\sqrt{n}} \;\approx\; N(0,1) \]

が使えることを見た。しかし実際に \( \sigma \) が分かっていることはまずない。そこで導出①の \( s \) を代わりに置く。

\[ t \;=\; \frac{\bar{X}-\mu}{s/\sqrt{n}} \]

形は同じでも、中身が変わっている。\( Z \) では分母が定数だったが、\( t \) では分母の \( s \) も標本ごとに揺れる確率変数である。分子と分母の両方が揺れるぶん、この比は \( Z \) より極端な値を取りやすい。つまり裾が重い。これが自由度 \( n-1 \) の t 分布である。自由度が \( n-1 \) なのは、導出①と同じ理由で \( s \) が \( \bar{X} \) を使って計算されているからだ。

2群の差を見るときも発想は同じで、分子を「2群の平均の差」、分母を「その差の標準誤差」に置き換える。

\[ t \;=\; \frac{\bar{X}_1-\bar{X}_2}{\;\widehat{SE}(\bar{X}_1-\bar{X}_2)\;} \]

n が大きくなると \( s \) は \( \sigma \) に近づくので、t 分布は正規分布に近づく。第7回で使った 1.96 は、その極限の値である。

分母の作り方は一通りではない

2群の \( \widehat{SE} \) には流儀がある。両群の分散が等しいと仮定してまとめる形(Student)と、仮定せずに別々に扱う形(Welch)である。上の「オナガザル科 vs オマキザル科」の t = 20.03 は Welch で計算した値で、等分散を仮定すると t = 23.03 になる。実際この2群は標本分散が 0.046 と 0.093 で2倍ほど違うため、仮定を置かない Welch のほうが安全である。

なお t 分布の密度関数そのものを導くには、\( \chi^2 \) 分布と確率変数の比の分布が必要になる。このコースでは扱わない(統計学Ⅱ 第7回で形を確認する)。

使った数学:標準化(線I的なスケール変換)、確率変数の比という見方(微I)。


3. p値の意味を、正しく

ここで誤解を3つ、はっきり打ち消す。

  • ❌ p値は「帰無仮説が正しい確率」ではない。p値は「帰無仮説が正しいと仮定したときに、観測以上の差が出る確率」。
  • ❌ p値は「効果の大きさ」ではない。p=0.001 でも差は小さいことがある。
  • ❌ 「有意(p<0.05)=重要」ではない。有意は「偶然では説明しにくい」だけ。

4. p値の脆さ ―― 同じ差でも n で変わる

冒頭のフックに戻る。保護区の外6.0kg・中6.2kg、真の差はたった0.2kgで固定。そこから n 頭ずつ捕獲して測る、を2000回くりかえし、有意(p<0.05)になった割合を見る。

各群の頭数 n 有意になった割合
20 約 8%
100 約 23%
500 約 80%

効果は同じ。n が違うだけ

真の差は常に0.2kg。なのに n を増やすほど「有意」になりやすい。 つまり、サンプルを増やすだけで小さな差でも「有意差あり」を作れてしまう。 「p<0.05だった」だけでは、効果が大きいことの証明にはならない。


5. 効果量(Cohen's d)―― 「大きさ」を測る

p値とは別に、差の大きさ自体を標準化したのが 効果量 d(差が標準偏差いくつ分か)。目安:0.2小・0.5中・0.8大。

比較 効果量 d
旧世界 vs 新世界(オマキザル科) 4.40(けた外れに大きい)
旧世界 vs クモザル科 −0.00(実質ゼロ)
保護区の内外(0.2kgの差) 0.18(小さい効果)

d = 4.40 は目安の「0.8で大」をはるかに超えている。群内のばらつき4個分以上も離れているということ。

一方、保護区の例は d = 0.18。n さえ増やせば有意にできるが、生物学的にはごくわずかな差である。有意 ≠ 効果が大きい。 だから検定では、p値と一緒に必ず効果量も見る。

p値は「偶然かどうか」、効果量は「どれくらいか」。論文でも報告書でも、両方を書く。

導出③:なぜ効果量は単位を変えても動かないのか

Cohen's d は、2群の平均の差を、群内のばらつき(合併標準偏差 \( s_p \))で割ったものである。

\[ d \;=\; \frac{\bar{x}_1-\bar{x}_2}{s_p}, \qquad s_p=\sqrt{\frac{(n_1-1)s_1^2+(n_2-1)s_2^2}{n_1+n_2-2}} \]

ここで単位を変える。g を kg にするのは、全データを \( c=1/1000 \) 倍することである。平均は \( c \) 倍、標準偏差も \( c \) 倍になるので、

\[ d' \;=\; \frac{c\bar{x}_1-c\bar{x}_2}{c\,s_p} \;=\; \frac{c(\bar{x}_1-\bar{x}_2)}{c\,s_p} \;=\; d \]

分子と分母で \( c \) が約分される。d は「標準偏差何個分の差か」という比なので、ものさしの目盛りを取り替えても変わらない。 これが「標準化された効果量」と呼ばれる理由である。

ここが p値との決定的な違いになる。t 統計量には \( \sqrt{n} \) が入っていて、

\[ t \;\approx\; d \times \sqrt{\frac{n_1 n_2}{n_1+n_2}} \]

という関係にある。d が同じでも、n を増やせば t は大きくなり、p は小さくなる。 第4節で「真の差は常に0.2kgなのに n を増やすほど有意になった」のは、この式そのものである。d は n を含まないので動かない。だから両方を見る必要がある。

数値で確かめる:オナガザル科とオマキザル科の体重で、g のまま計算しても kg に直しても d = 2.2464 で同じ。対数スケールでも log10(g) と log10(kg) のどちらでも d = 4.4012 で一致する(対数では単位の変更が平行移動になるため、差も標準偏差も変わらない)。

使った数学:定数倍に対する平均と標準偏差の振る舞い(微I)、約分という比の性質。


6. 2種類の誤り

検定は完璧ではない。間違え方が2つある。

本当は差がない 本当は差がある
「差あり」と判定 第一種の誤り(偽陽性) 正解
「差なし」と判定 正解 第二種の誤り(見逃し)
  • 有意水準 α = 0.05:本当は差がないのに「差あり」と誤る確率を5%まで許す基準。
  • だから「有意」でも、20回に1回は偶然の偽陽性かもしれない。検定を何度も繰り返せば偽陽性は増える(→第9回)。

まとめ

概念 ひとこと
帰無仮説 まず「差はない(偶然)」と仮定する
p値 帰無仮説のもとで観測以上の差が出る確率
有意差 p<0.05 =「偶然では説明しにくい」
❌ よくある誤り p値=帰無仮説が正しい確率/有意=効果大/n増やせば必ず有意
効果量 d 差の大きさ。有意とは別に必ず見る
α・2種の誤り 偽陽性5%を許す基準。検定の繰り返しに注意

「差がある」=「偶然では説明しにくい」。それ以上でも以下でもない。 p値の小ささは効果の大きさを意味しない。必ず効果量も見る。


今日の課題(Moodle提出)

配点:100点(選択40点 + 記述60点)/ 提出先:Moodle / 提出期限:次回授業の開始時刻まで

Colab 08_ttest.ipynb を実行したうえで答えること。


パートA:選択問題(各10点 ×4=40点)

A1. 帰無仮説とは何か。最も適切なのは?

  • (ア) 「差がある」とまず仮定すること
  • (イ) 「差はない(偶然だ)」とまず仮定すること
  • (ウ) 効果量のこと

A2. p値の意味として最も正しいのは?

  • (ア) 帰無仮説が正しい確率
  • (イ) 帰無仮説が正しいと仮定したとき、観測以上の差が出る確率
  • (ウ) 効果がどれくらい大きいかを表す値

A3. 真の差が「0.2kg」で固定のまま、各群の頭数 n を 20→100→500 と増やすと、有意(p<0.05)になる割合はどう変わったか。

  • (ア) 8%→23%→80% と増えた
  • (イ) ずっと5%で変わらない
  • (ウ) 80%→23%→8% と減った

A4. 「旧世界ザル vs 新世界ザルの体重差は効果量 d=4.40、保護区の内外の差は d=0.18」。ここから言えることは?

  • (ア) p値さえ小さければ効果量は見なくてよい
  • (イ) 有意であることと効果が大きいことは別で、効果量も見る必要がある
  • (ウ) d が小さいほど効果が大きい

パートB:記述問題(AIフィードバック対象・60点)

【全記述に共通・重要】自分の出力を引用すること

記述には、今日のColabであなたのノートが出した数値を最低1つ引用すること。ここには値を書かない。自分の画面に出た値を使うこと。 引ける量の例:「n=500のときに有意になった割合」「旧世界 vs 新世界の効果量 d」「t検定のp値」。 引用がない記述は満点になりません。

B1.(30点) あるニュースが次のように報じた。

「サプリXを飲んだ群は飲まない群より体重が0.2kg多く減り、統計的に有意(p<0.01)だった。だからサプリXには大きなダイエット効果がある。」

この主張のどこが問題かを、今日学んだ「p値」「効果量」「サンプルサイズ」の観点から指摘しなさい。(ヒント:p<0.01 は何を意味し、何を意味しないか。0.2kgは大きいか)

B2.(30点) 「t検定で p<0.05 が出た。これで帰無仮説が間違いだと証明できた」。この言い方の、言い過ぎな点を説明しなさい。p値と「証明」、第一種の誤り(偽陽性)の言葉を使うこと。

目安:B1・B2あわせて350〜550字。自分の言葉で書くこと。

字数は目安です。多少の過不足で減点はしません。見るのは、設問が挙げた要素(上の箇条書き)が書けているかどうかです。ただし要素が抜けていれば、その分は引きます。

次回予告

第9回「仮説検定(2):分散分析(ANOVA)」。3つ以上の群を比べるとき、t検定を繰り返すと何が起きるか。偽陽性が爆発する罠と、その回避法へ。