第03回 確率論の基礎(2):ベイズの定理の深掘り¶
10/13(火)Ⅲ講 13:00〜14:40・B402教室
「データで信念を更新する」。直感を裏切る 基準率の誤謬
今日のリンク
- 📊 スライドを開く
- 📓 Colabノートを開く(03_bayes.ipynb)
- 📝 課題を提出する(Moodle・第3回)
- 課題の本文はこのページの末尾にあります
この回のゴール¶
- ベイズの定理を理解する:\(P(H\mid D)=\dfrac{P(D\mid H)\,P(H)}{P(D)}\)
- 事前確率・尤度・事後確率の役割を説明できる
- 基準率の誤謬 と 陽性的中率 を理解し、「検査の精度」と「的中率」を混同しない
- 逐次更新(今日の事後=明日の事前)が学習の数理であることを知る
到達目標との対応:G1(条件付き確率とベイズの定理を理解し、情報の更新プロセスを説明できる) の本丸。
1. 直感クイズ ―― 検査が陽性、あなたは病気か?¶
性能のとても良い検査がある。
- 感度 \(P(\text{陽性}\mid\text{病気})\):99%
- 特異度 \(P(\text{陰性}\mid\text{健康})\):99%
この病気は 100人に1人(有病率1%) がかかる。あなたは検査で 陽性 になった。
問い:あなたが本当に病気である確率は?
直感は「99%の精度だから99%くらい」と答える。だが正解は 約50% ―― コイン投げと変わらない。
自然頻度で考えるとわかる(100万人を検査)¶
| 人数 | うち陽性 | |
|---|---|---|
| 病気の人(1%) | 10,000 | 9,900(真陽性) |
| 健康な人(99%) | 990,000 | 9,900(偽陽性) |
陽性になった 19,800 人のうち、本当に病気なのは 9,900 人。だから
病気の人はそもそも少ないので、「健康なのに誤って陽性」の人が「本当に病気で陽性」と同じだけ出てしまう。検査の精度(99%)と陽性的中率(50%)はまったく別の数字だ。
今日の最重要ポイント
直感は \(P(\text{陽性}\mid\text{病気})=99\%\) を \(P(\text{病気}\mid\text{陽性})=99\%\) と取り違える。これは第2回でやった 条件付き確率の「向き」の混同そのもの。\(P(A\mid B)\) と \(P(B\mid A)\) は別物だった。
2. ベイズの定理¶
いまの計算を式にすると、ベイズの定理 になる。
| 要素 | 意味 | 検査の例 |
|---|---|---|
| 事前確率 \(P(H)\) | データを見る前の信念 | 有病率 1% |
| 尤度 \(P(D\mid H)\) | その仮説のもとでデータが出る確率 | 感度 99% |
| 事後確率 \(P(H\mid D)\) | データを見た後に更新した信念 | 陽性的中率 50% |
ベイズの定理=データで信念を更新する計算。 事前 1% が、陽性というデータで 50% に更新された。
3. 基準率を動かすと、答えは激変する¶
同じ性能(感度99%・特異度99%)の検査でも、病気の珍しさ(基準率) が変われば陽性的中率はまるで違う。
| 有病率(基準率) | 陽性的中率 \(P(\text{病気}\mid\text{陽性})\) |
|---|---|
| 0.01% | 1.0% |
| 0.1% | 9.0% |
| 1% | 50.0% |
| 10% | 91.7% |
| 50% | 99.0% |
検査の性能は何も変わっていないのに、珍しい病気ほど陽性的中率は低い。直感がこれを外すのは、基準率(その事象がもともとどれくらい起こりやすいか)を無視するから ―― これを 基準率の誤謬(base rate fallacy) と呼ぶ。
応用が効く
迷惑メール判定、防犯カメラの顔認証、まれな不正の検知 ―― すべて同じ罠がある。「精度99%のAIが警告した」と聞いても、対象がもともと稀なら、警告の大半は誤検知かもしれない。
4. 逐次更新 ―― 今日の事後は、明日の事前¶
ベイズの真価は、データが来るたびに信念を更新できること。今日の事後確率を明日の事前確率として使い、新しいデータでまた更新する。
例:あるコインの「表が出る確率 \(p\)」を当てたい。最初は何も分からない(一様な事前)。投げるたびに信念がどう締まるかをColabで見る。
数学的には、事前を \(\mathrm{Beta}(a,b)\) にすると、表 \(k\) 回・裏 \(n-k\) 回の観測で事後は \(\mathrm{Beta}(a+k,\;b+n-k)\) になる(共役事前)。
03_bayes.ipynb では、真の値 \(p=0.7\) のコインを投げ続けると、事後分布が回数とともに 0.7 の周りに鋭く締まっていく様子が見える。これが 学習 の数理的な姿だ。事前の思い込みがあっても、データを積めば信念は正しい方へ更新される。
第12〜13回では逆に、人々が互いを真似て 同じ情報ばかり を見ると、集団の信念が間違った方向に固まる(情報カスケード)。ベイズ更新が健全に働くにも、独立で多様な情報が要る。ここでも独立性が効いてくる。
今日のまとめ¶
| 用語 | 意味 |
|---|---|
| ベイズの定理 | \(P(H\mid D)=\dfrac{P(D\mid H)\,P(H)}{P(D)}\)。データで信念を更新する |
| 事前 / 尤度 / 事後 | 見る前の信念 / データの出やすさ / 更新後の信念 |
| 基準率の誤謬 | 事象のもともとの珍しさ(基準率)を無視する誤り |
| 陽性的中率 | \(P(\text{病気}\mid\text{陽性})\)。検査の精度とは別物 |
今日の課題(Moodle提出)¶
配点:100点(自動採点40点 + 記述60点)/ 提出先:Moodle
第3回のColabノート 03_bayes.ipynb を上から実行し、結果を見たうえで答えること。
パートA:選択問題(自動採点・各10点 ×4=40点)¶
A1. 感度99%・特異度99%の検査で、有病率が 1%(100人に1人) の病気のとき、陽性と出た人が本当に病気である確率(陽性的中率)に 最も近い のは? - (ア) 約 1% (イ) 約 50% (ウ) 約 99%
A2. A1で陽性的中率が検査の精度(99%)より大きく下がる 主な理由 は? - (ア) 検査の機械の誤差が大きいから - (イ) 病気の人がもともと少ない(基準率が低い)ため、健康な人からの偽陽性が多数を占めるから - (ウ) 陽性的中率は常に50%になると決まっているから
A3. ベイズの定理 \(P(H\mid D)=\dfrac{P(D\mid H)P(H)}{P(D)}\) で、事前確率 にあたるのはどれか? - (ア) \(P(H)\)(データを見る前の信念) - (イ) \(P(D\mid H)\)(尤度) - (ウ) \(P(H\mid D)\)(事後確率)
A4. 検査の例で、直感が「陽性なら99%病気だ」と誤るのは、2つの確率を混同しているからである。正しく混同されているペアは? - (ア) \(P(\text{陽性}\mid\text{病気})\) と \(P(\text{病気}\mid\text{陽性})\) を取り違えている - (イ) 事前確率と尤度が等しいと思い込んでいる - (ウ) 感度と特異度を取り違えている
パートB:記述問題(AIフィードバック対象・60点)¶
B1.(30点) 感度99%・特異度99%という高性能の検査でも、稀な病気では陽性的中率が約50%にしかならない。なぜそうなるのか を、4〜6文で説明しなさい。次の2点に必ず触れること。
- 「基準率(有病率)」という言葉を使い、なぜ偽陽性が無視できないほど出るのか
- 直感が外す原因を、第2回で学んだ「条件付き確率の向き」と結びつけて
B2.(30点) ベイズの定理は「データで信念を更新する」道具だった。あなた自身の経験で、最初の思い込み(事前)が、新しい情報(データ)によって更新された例を1つ挙げ、次の2点を書きなさい。
- 最初どう思っていたか(事前)、どんな情報を得て(データ)、どう考えが変わったか(事後)
- もし「基準率(もともとの起こりやすさ)」を考えていれば、最初の思い込みは違っていたか
文字数の目安:B1・B2あわせて 300〜500字。コピペ・引き写しは評価しない。自分の言葉で書くこと。
次回予告
第4回「離散確率分布:二項分布・ポアソン分布」。「コインを10回投げて7回表。イカサマ?」 ―― 独立な試行を \(n\) 回くりかえすと、結果はどんな分布になるか。第2回で定義した「独立」が、分布の前提として効いてくる。