コンテンツにスキップ

第2回 社会調査の歴史

10/6(火)Ⅴ講 16:40〜18:20・A301教室

今日のリンク


この回の問い

社会調査は、いつ・なぜ始まったのか。そして、その出自はいまの方法に何を残しているか。

到達目標

  1. 社会調査がどのような歴史的背景のもとで発展してきたかを説明できる
  2. ヨーロッパ・アメリカ・日本それぞれの代表的な調査事例を挙げられる
  3. 歴史的な調査が現代の方法論にどのような影響を与えたかを考察できる

「現在の方法を知るためには、その方法がどのように生まれたかを知る必要がある」


要点

なぜ歴史から入るのか

社会調査の方法論は固定したものではない。時代ごとの社会問題が調査の動機をつくり、技術的な限界(統計・印刷・交通)が方法の形を決め、倫理観の変化が許容される手法を変えてきた。歴史を知ることは、いま使っている方法の強みと限界を批判的に評価できるようになることと同じである。

前史 ―― 「統計」は国家の道具として生まれた

「統計」(statistics)の語源はラテン語の status(国家の状態)である。17〜18世紀、国家が人口・土地・産業を把握するために発展した。William Petty(1623–1687)の政治算術(political arithmetic)は、イングランドの人口・富・土地を数量的に捉えようとした試みだった。

社会調査の原点は「国家が社会を知る」ための道具だった。この出自は、公的統計を扱う第5回でもう一度効いてくる。

19世紀ヨーロッパ ―― 貧困を「数字で示す」

産業革命による都市への人口集中で、劣悪な労働環境・スラム・貧困・犯罪が深刻化した。問われたのは「貧困の実態はどれほど深刻なのか」であり、感情論ではなく事実に基づく記述が求められた。

Charles Booth(1840–1916) ―― Life and Labour of the People in London(1889〜1903、全17巻)

  • ロンドン全市民(約400万人)の生活水準を体系的に調査
  • 学校出席記録・視察員へのインタビュー・現地観察を組み合わせた
  • 地区ごとに色分けした「貧困地図」(Poverty Map)を作成し、人口の約30%が貧困状態にあることを示した
  • 老齢年金法(1908年)の制定に貢献した

Seebohm Rowntree(1871–1954) ―― Poverty: A Study of Town Life(1901)

  • ヨーク市の労働者階級世帯ほぼ全数(約1万1000世帯)を直接調査
  • 一次貧困(生存に必要な最低限収入を下回る)と二次貧困(収入はあるが他の支出で不足)を区別
  • 最低生活費をカロリー・衣服・家賃から数値で算出した
  • 貧困を「道徳的堕落」ではなく構造的問題として定義した先駆

20世紀アメリカ ―― シカゴ学派とフィールドワーク

19世紀末からの大量移民でシカゴは1900年に人口170万人を超えた。Robert E. Park(1864–1944)と Ernest Burgess(1886–1966)は都市を生態学的に分析し、同心円地帯理論を提示する。「シカゴは社会学者の実験室だ」(Park)という言葉どおり、移民コミュニティや貧困地区への直接観察・インタビューが重視された。ここで参与観察が体系化された(→ 第13回・第14回)。

日本の展開

時期 出来事
明治期 国家による統計調査の整備。農商務省の社会調査
明治〜大正 横山源之助『日本之下層社会』―― 実地に足を運んだ調査
戦後 統計制度の整備・制度化
2007年 統計法の全面改正
現在 e-Stat による政府統計のオープンデータ化(→ 第5回)

現代 ―― ビッグデータの時代でも変わらないもの

インターネット調査・ビッグデータは新しい可能性(規模・速度・低コスト)と新しい課題(誰が回答しているか不明、プライバシー、アルゴリズムの不透明さ)を同時にもたらした。ただし「誰について知りたいのか」「どう選んだのか」「その結果を誰と共有するのか」という基本原則は変わらない。


今日の課題(Moodle提出)

提出期限:次回授業の開始前まで

次のテーマについて 300〜500字程度でまとめて提出すること。

「歴史的な社会調査の事例を1つ取り上げ、その調査が行われた社会的・歴史的背景と、その調査が持つ意義(当時および現代への影響)について述べなさい。」

ヒント

  • 今日紹介した事例(Booth、Rowntree、横山源之助など)から1つ選んでよい
  • 自分で調べた別の事例でも可(参考文献リストを参照)
  • 「背景」「方法の特徴」「意義・影響」の3点を意識すると論理的にまとまる
  • 参考にした文献・URLがあれば末尾に記載すること

この回のまとめ

  • 社会調査は社会問題への対応という実践的要請から発展した
  • Booth・Rowntreeは貧困を「数字で示す」ことで政策変化を促した
  • シカゴ学派は都市・移民研究でフィールドワークを体系化した
  • 日本では明治期の国家統計 → 横山の実地調査 → 戦後制度化 → 統計法改正という流れ
  • 現代はビッグデータ・Web調査の時代だが、基本原則は変わらない

次回予告

第3回「社会調査のステップと倫理」。調査はどんな手順で進むのか。そして、やってはいけないことは何か。


参考文献


1. 入門書・教科書

著者 出版年 書名 出版社
大谷 信介・木下 栄二・後藤 範章・小松 洋 編 2013 『新・社会調査へのアプローチ――論理と方法』 ミネルヴァ書房
盛山 和夫 2004 『社会調査法入門』 有斐閣
轟 亮・岩井 紀子・保田 時男 編 2021 『入門・社会調査法――2ステップで基礎から学ぶ(第4版)』 法律文化社
佐藤 郁哉 2015 『社会調査の考え方(上・下)』 東京大学出版会
谷 富夫・山本 努 編 2010 『よくわかる社会調査』 ミネルヴァ書房
  • 大谷ほか編(2013):量的・質的調査の両方をバランスよくカバーした標準的教科書。
  • 盛山(2004):社会調査の論理的・哲学的基礎を丁寧に解説した一冊。
  • 轟ほか編(2021):実習を意識した構成で、実際の調査手順が学びやすい。
  • 佐藤(2015):量的調査と質的調査の接合を論じた理論的に充実した教科書。
  • 谷・山本編(2010):図表が豊富で視覚的に学べる入門書。

2. 第02回テーマ関連文献(社会調査の歴史)

国内文献
著者 出版年 書名 出版社
森 博美 2009 『社会統計学の源泉――古典・近代・現代』 法政大学出版局
横山 源之助 1899(岩波文庫版2018) 『日本の下層社会』 岩波書店
農商務省 1903(影印版あり) 『職工事情』 原本:農商務省商工局
  • 森(2009):ヨーロッパ・日本の社会統計学の歴史を体系的に解説した専門書。
  • 横山(1899/2018):日本初の本格的な社会調査的著作の原典。岩波文庫版は読みやすい。
  • 農商務省(1903):明治期の労働実態調査の一次資料。復刻版も各図書館に所蔵。
海外文献(邦訳あり)
著者 出版年 書名 出版社
Booth, C. 1889–1903 Life and Labour of the People in London (17 vols.) Macmillan(原著)
Rowntree, B. S. 1901 Poverty: A Study of Town Life Macmillan(原著)
  • Booth(1889–1903):全17巻の原著は大部だが、抜粋・解説書が日本語でも複数存在する。
  • Rowntree(1901):一次・二次貧困の概念を提唱した古典。英語は比較的平易。

3. ウェブリソース

政府統計・公的データ
サービス名 URL 内容
e-Stat(政府統計の総合窓口) https://www.e-stat.go.jp/ 国勢調査・各種政府統計データのポータルサイト
総務省統計局 https://www.stat.go.jp/ 国勢調査・人口統計・統計法の解説
国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/ 横山源之助『日本の下層社会』等の原典デジタル公開
学術・教育リソース
サービス名 URL 内容
J-STAGE https://www.jstage.jst.go.jp/ 国内学術論文の無料検索・閲覧(社会調査関連論文多数)
CiNii Research https://cir.nii.ac.jp/ 国内文献・データの統合検索
SSJデータアーカイブ(SSJDA) https://csrda.iss.u-tokyo.ac.jp/ssjda/ 社会調査の二次分析用データセット提供
歴史的資料
サービス名 URL 内容
Charles Booth Online Archive https://booth.lse.ac.uk/ Boothの貧困地図・調査資料のデジタルアーカイブ(英語)
統計局ホームページ(統計の歴史) https://www.stat.go.jp/data/nenkan/index.html 日本の統計の歴史的変遷

4. 次回(第03回)に向けた事前読書案(任意)

以下のいずれか1つを読んで来ると、次回の内容がより理解しやすくなります。

著者 出版年 書名・章 出版社
大谷ほか編 2013 『新・社会調査へのアプローチ』第2章「社会調査の手順」 ミネルヴァ書房
日本社会学会 2005(最終改定) 「日本社会学会倫理綱領」 日本社会学会ウェブサイト(無料)
  • 大谷ほか第2章:次回扱う「調査の手順」を事前に概観できる。
  • 日本社会学会倫理綱領:次回扱う「研究倫理」の基本文書。2〜3ページで読める。


← 第1回開講日程第3回 →