第9回 質的研究と量的研究¶
12/1(火)Ⅴ講 16:40〜18:20・A301教室
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この回の問い¶
数で測る研究と、意味を読む研究。どちらが「科学的」なのか。
到達目標¶
- 量的研究・質的研究それぞれの論理(演繹/帰納)を説明できる
- 両者の長所と短所を比較できる
- 混合研究法の考え方と主なデザインを理解する
- 自分の関心テーマについて、両アプローチの調査を構想できる
要点¶
量的研究 ―― 仮説を立ててから確かめる¶
量的研究(quantitative research)は数値データを統計的に分析し、一般化と因果関係の検証を目指す。その論理は仮説演繹法である。
理論・先行研究 → 仮説を立てる → データを収集する
→ 仮説を検証する → 理論を修正・精緻化する
「◯◯ではないか」という仮説を先に立て、データでそれを確かめるスタイルだと言ってよい。
質的研究 ―― フィールドから立ち上げる¶
質的研究(qualitative research)は言語・映像・記録を解釈し、文脈の理解と仮説の生成を目指す。その論理は仮説帰納法である。
フィールドに入る → データを収集する → パターン・テーマを見出す
→ 解釈・理論を生成する → 概念化・理論化
データの積み上げから意味を導き、「何が起きているのか」を先入観なく探る。
「厚い記述」¶
クリフォード・ギアーツ(Clifford Geertz, 1926–2006)が The Interpretation of Cultures(1973)で示した概念。行動の表面的な記述(thin description)ではなく、その行動が意味するもの・文脈・解釈まで記述することを指す。
「男性がまぶたを収縮させた」 → 薄い記述:「まばたきした」 → 厚い記述:「仲間に合図を送るウィンクだった。その場の状況では…」
質的研究が目指しているのは、こうした意味の層を掘り起こすことである。
比較¶
| 量的研究 | 質的研究 | |
|---|---|---|
| データの性質 | 数値 | 言語・映像・記録 |
| 研究の論理 | 演繹的(仮説検証) | 帰納的(仮説生成) |
| サンプル規模 | 大(数十〜数万) | 小(数人〜数十) |
| 目的 | 一般化・傾向把握 | 文脈理解・意味解釈 |
| 典型手法 | 質問紙・統計 | インタビュー・観察 |
| 長所 | 再現性・一般化可能性 | 深さ・文脈・意味 |
| 短所 | 「なぜ」の説明が弱い | 一般化の難しさ |
同じテーマでも、方法が違えば別の知識になる¶
「若者の投票参加」を例にとる。
| 量的研究のアプローチ | 質的研究のアプローチ | |
|---|---|---|
| 問い | 年齢・学歴・政治関心は投票行動に影響するか | 若者は「選挙に行かない」という選択をどう意味づけているか |
| データ | 1,000人への質問紙調査 | 10〜15人へのインタビュー |
| 分析 | 回帰分析で影響要因を特定 | テーマ分析で意味世界を解釈 |
| 結論 | 「政治関心の高い人ほど投票率が高い(β=.42)」 | 「"どうせ変わらない"という諦め感と"自分には関係ない"という疎外感が複合している」 |
どちらも正しい。そして、どちらも他方が答えられないことに答えている。
混合研究法¶
両者を意図的に組み合わせるアプローチ。複数の視点から一つの現象を検証することを三角測量(triangulation)という。
| デザイン | 概要 |
|---|---|
| 収斂デザイン | 量的・質的を並行して実施し、結果を統合する |
| 説明的順次デザイン | 量的調査の後、質的調査で「なぜ」を掘り下げる |
| 探索的順次デザイン | 質的調査で仮説を生成し、量的調査で検証する |
「どちらが優れているか」という問いは意味をなさない。問われるのは研究問いへの適合性である。
今日の課題(Moodle提出)¶
提出期限:次回授業の開始前まで
分量の目安:300〜500字(3点書く場合は500字程度)
自分が関心を持っている社会問題・テーマを1つ取り上げ、以下を論じること。
- 量的研究のアプローチ:どのような仮説を立て、どのようなデータをどのように収集・分析するか。何が明らかになると期待されるか
- 質的研究のアプローチ:どのような問いを立て、誰に・どのような方法でアプローチするか。何が明らかになると期待されるか
- (任意)そのテーマには量的・質的どちらのアプローチがより適していると考えるか。理由も述べること
この回のまとめ¶
- 量的研究:数値データ×統計分析 → 一般化・因果関係の検証
- 質的研究:言語・意味×解釈 → 文脈理解・仮説生成
- 両者は優劣ではなく、研究問いへの適合性で選ぶ
- 混合研究法:両アプローチを組み合わせ、互いの弱点を補う
- ギアーツの「厚い記述」:質的研究が目指す意味の深さ
- 同じテーマでも、方法が違えば異なる問い・異なる知識が生まれる
次回予告
第10回「全数調査と標本調査」。1,000人に聞けば1億人のことが分かるのはなぜか。
参考文献¶
【入門書・教科書】¶
大谷信介・木下栄二・後藤範章・小松洋(編)(2013)
『新・社会調査へのアプローチ――論理と方法』ミネルヴァ書房.
→ 量的・質的両方の調査法を体系的にカバーする定番テキスト。第2部「調査データの収集」が本回に対応。
盛山和夫(2004)
『社会調査法入門』有斐閣ブックス.
→ 量的調査の論理と手続きをわかりやすく解説。変数・操作化・信頼性・妥当性の説明が丁寧。
轟亮・杉野勇(編)(2017)
『入門・社会調査法【第3版】――2ステップで基礎から学ぶ』法律文化社.
→ 量的・質的の両アプローチを平易に比較しながら学べる標準テキスト。
島崎哲彦(編)(2011)
『社会調査の方法』学文社.
→ 量的調査と質的調査の具体的手法を実例とともに解説。各章が独立しているので参照しやすい。
【質的研究の理論・方法】¶
フリック,ウヴェ(著)小田博志・山本則子・春日常・宮地尚子(訳)(2011)
『新版 質的研究入門――〈人間の科学〉のための方法論』春秋社.
(原著:Flick, U. (2007). Designing Qualitative Research. Sage.)
→ 質的研究の設計から分析まで体系的に学べる。インタビュー・観察・テキスト分析を網羅。
ギアーツ,クリフォード(著)吉田禎吾・柳川啓一・中牧弘允・板橋作美(訳)(1987)
『文化の解釈学』Ⅰ・Ⅱ 岩波書店.
(原著:Geertz, C. (1973). The Interpretation of Cultures. Basic Books.)
→ 「厚い記述(Thick Description)」概念の原典。第1章「厚い記述――文化の解釈学的理論をめざして」が本回のコア文献。
グレッグ美鈴・麻原きよみ・横山美江(編)(2007)
『よくわかる質的研究の進め方・まとめ方――看護研究のエキスパートをめざして』医歯薬出版.
→ 看護分野向けだが、質的研究の手続きと倫理について平易で実践的な説明がある。初学者向け。
【混合研究法】¶
抱井尚子(2015)
『混合研究法入門――質と量による統合のアート』医学書院.
→ 日本語で読める混合研究法(Mixed Methods Research)の代表的入門書。収斂デザイン・順次デザインを実例で解説。
Creswell, J. W. & Plano Clark, V. L. (2018).
Designing and Conducting Mixed Methods Research (3rd ed.). Sage.
→ 混合研究法の国際標準テキスト。英語だが図解が豊富で参照しやすい。
【ウェブリソース】¶
| 名称 | URL | 概要 |
|---|---|---|
| J-STAGE | https://www.jstage.jst.go.jp/ | 国内学術論文の無料検索・閲覧。量的・質的の実際の研究論文を探せる |
| CiNii Research | https://cir.nii.ac.jp/ | 国内論文・図書・研究データ検索。テーマ別に先行研究を確認できる |
| 日本質的心理学会 | https://www.qualitativepsychology.jp/ | 質的研究の学会サイト。機関誌・研究資源へのリンクあり |
| 社会調査協会 | https://jasr.or.jp/ | 量的社会調査を中心とした学会。倫理規定・公開論文が参照できる |
【次回(第10回「全数調査と標本調査」)に向けた事前読書】¶
以下のいずれかの該当箇所を読んでおくと第10回の理解が深まります(任意):
- 大谷信介ほか(2013)上掲書 「標本調査と全数調査」の章
- 盛山和夫(2004)上掲書 第3章「標本調査の論理」
あわせて総務省統計局のウェブサイト(https://www.stat.go.jp/)で
「国勢調査」のページを見ておくと、全数調査の実例を確認できます。