コンテンツにスキップ

第13回 観察法の方法と調査事例

1/12(火)Ⅴ講 16:40〜18:20・A301教室

今日のリンク


この回の問い

人は自分の行動を、正確に語れるのか。

到達目標

  1. 観察法(observation)の特徴と他の調査方法との違いを説明できる
  2. 非参与観察と参与観察の長所・短所を比較できる
  3. フィールドノートの基本的な書き方を理解する
  4. 観察調査における倫理的問題を考察できる

要点

なぜ「観察」するのか

人々は自分の行動を正確に言語化できない。 「毎日どのくらいスマホを見ますか」と尋ねても、申告値は実際としばしば食い違う。習慣的・無意識的な行動ほど、インタビューでは捉えにくい。

「行動は言葉よりも多くを語る」(Actions speak louder than words)

観察法(observation method) とは、研究者が調査対象の行動・相互作用・環境を直接目撃・記録する方法である。

適している場面 理由
日常的・習慣的行動の研究 本人も意識していない
子ども・動物など言語化が困難な対象 インタビューができない
集団内の相互作用の分析 言語データでは再現できない
「言動の不一致」の検証 意識と行動のズレを捉える
場所・環境の影響を調べる研究 文脈ごと記録できる

質問紙・インタビューには、社会的望ましさバイアス(本音を隠す)・回想バイアス(記憶の誤り)・意識化されていないことは答えられない、という限界がある。観察はそこを補う。

非参与観察 ―― 外から見る

観察者は集団や活動に参加せず、外部から観察・記録する。交通量調査、公共空間での行動観察、店舗での顧客行動分析などがこれにあたる。

長所 短所
調査者の存在が対象に及ぼす影響が比較的小さい 行動の「意味」や「文脈」が理解しにくい
体系的・構造化された記録がしやすい 観察者効果(気づかれると行動が変わる)
複数の調査者で同時並行できる アクセスの問題(入れない場所・時間帯がある)
感情移入による主観の混入が少ない 表面的な行動しか見えず、内面・動機が不明

参与観察 ―― 中から見る

調査者が集団・活動に実際に参加しながら、内部から観察・記録する。地域の祭りに参加しながら記録する、工場に就職しながら労働環境を調査するといった形をとる。

長所 短所
行動の意味・文脈・背景を深く理解できる 主観性・感情移入(行き過ぎた同一化=over-rapport)
言語化されない「暗黙知」にアクセスできる 客観的視点の喪失 ―― 「目が慣れる」問題
集団の内側の論理・価値観を体感できる 時間と労力が膨大
長期観察で変化・プロセスを追える 参加しながらノートを取れない、という記録の困難

公然か、隠れてか

種別 説明 倫理的評価
公然の参与観察(overt) 調査者であることを知らせて参加する 倫理的に問題が少ない
隠れた参与観察(covert) 調査者であることを隠して参加する 深刻な倫理的問題がある

Laud Humphreys『公衆便所での出会い』(1970)は、同性愛者の行動を隠れて観察・記録した研究で、現在でも研究倫理の議論の出発点として激しく論じられている。

フィールドノート

観察中・観察後に記録するすべての文書の総称。3種類ある(Emerson et al., 1995)。

種類 内容
記述ノート 見たこと・聞いたことをできるだけ客観的に記述する
省察ノート 調査者自身の感情・疑問・解釈を記録する
方法論ノート 調査のプロセス・判断・変更点を記録する

記述ノートのコツは、評価語を避けて具体的行動を書くこと。

✗「男性が怒っていた」 ○「男性は声を荒げ、テーブルを手で叩いた」

日時・場所・人物(匿名化)・天気・状況を記し、現場を離れたらすぐ書く。記憶ではなく事実を書く。省察ノートは調査者自身の「バイアスの在処」を可視化するためにある。

倫理的な問題

公共空間での観察に明示的な同意は必要か。カフェや病院の待合室のような準公共空間はグレーゾーンである。私的空間・閉じた集団での同意なしの観察は原則として不可。

ゲートキーパー問題 ―― フィールドへの入口を守る「門番」(管理者・リーダー等)の許可を得ても、それだけでは足りない場合がある。参加者それぞれへの説明が要る。

観察調査の実例

  • 学校現場 … 教師・児童双方の視点から相互作用を記録した観察研究
  • 医療現場 … 医師と患者のコミュニケーション、インフォームドコンセントの実際の場面
  • 街頭・公共空間 … ウィリアム・H・ホワイト『都市という空間』(1980)―― ニューヨークの広場における人々の行動パターンの観察

今日の課題(Moodle提出)

提出期限:次回授業の開始前まで

課題:公共空間での非参与観察(フィールドノート作成)

カフェ・駅・公園・図書館など、自分で選んだ公共空間で 30分間の非参与観察を行い、フィールドノートを作成すること。

提出物(300〜500字)

  1. 観察場所・日時・天候など場の概要(50字程度)
  2. 記述ノート:観察した行動・出来事を具体的に記述(150〜200字)
  3. 省察ノート:観察しながら感じたこと・疑問・気づき(100〜150字)
  4. 振り返り:この観察を通じて気づいた「観察法の難しさ」(50〜100字)

必ず守ること

他者のプライバシーに配慮し、個人が特定されないよう記述すること。 撮影はしない。


この回のまとめ

  • 観察法は「行動を直接見る」ことで、言語化されない社会的現実にアクセスする
  • 非参与観察:外部から記録する/参与観察:内部から体験しながら記録する
  • フィールドノートには記述・省察・方法論の3種類がある
  • 隠れた観察」は深刻な倫理問題を引き起こす
  • 観察者効果・感情移入・客観性の確保が主要な課題

次回予告

第14回(最終回)「エスノグラフィの方法と調査事例」。観察法を発展させた質的研究の方法論を学び、14回全体を振り返る。


参考文献

テーマ:観察法(非参与観察・参与観察・フィールドノート)


1. 入門書・教科書(社会調査の基礎として)

大谷信介・木下栄二・后藤範章・小松洋(編)(2013) 『新・社会調査へのアプローチ——論理と方法』ミネルヴァ書房

社会調査全般をカバーする定番教科書。観察法・質的調査・量的調査をバランスよく解説。大学の社会調査入門に最適。

盛山和夫(2004) 『社会調査法入門』有斐閣ブックス

調査方法論の理論的基礎をていねいに解説。観察法も含め、各手法の論理的根拠を理解するのに役立つ。

谷富夫・山本努(編)(2010) 『よくわかる質的社会調査——技法編』ミネルヴァ書房

質的調査の技法を実践的に解説。参与観察・フィールドワークの章が充実しており、初学者にわかりやすい。

佐藤郁哉(1992) 『フィールドワーク——書を持って街へ出よう』新曜社

フィールドワーク・参与観察の入門書として日本でもっとも読まれてきた一冊。現場への入り方から記録の取り方まで実践的に解説。

小田博志(2010) 『エスノグラフィー入門——<現場>を質的研究する』春秋社

観察法・参与観察からエスノグラフィーまでをつなぐ入門書。日本語で読める実践的入門として推薦。


2. 観察法・参与観察に関連する文献

Emerson, R.M., Fretz, R.I., & Shaw, L.L. (1995) Writing Ethnographic Fieldnotes. University of Chicago Press.

フィールドノートの書き方を体系的に解説した必読書。記述ノート・省察ノート・方法論ノートの区別はこの本による。日本語訳なし。

Spradley, J.P. (1980) Participant Observation. Holt, Rinehart & Winston. (邦訳)田中美恵子・麻原きよみ訳(2010)『参加観察法入門』医学書院

参与観察の古典的入門書。観察の段階・範囲・深度の概念整理が有益。看護・社会科学を問わず広く読まれている。

Gold, R.L. (1958) "Roles in Sociological Field Observations." Social Forces, 36(3), 217-223.

参与観察者の4つの役割類型(完全参加者・参加者としての観察者・観察者としての参加者・完全観察者)を提示した古典論文。観察法の基礎概念として必読。


3. 倫理的問題に関連する文献

Humphreys, L. (1970) Tearoom Trade: Impersonal Sex in Public Places. Aldine.

隠れた参与観察の倫理問題を考えるうえで避けられない研究。現在も研究倫理の授業で頻繁に取り上げられる。倫理的批判と方法論的評価の両面から読む必要がある。

日本社会学会(2006) 「社会学評論スタイルガイド・倫理綱領」日本社会学会

日本の社会学研究における倫理規程。観察調査・フィールドワークにおけるインフォームドコンセントの考え方が示されている。 URL: https://jss-sociology.org/about/ethicscode/


4. 観察調査の具体的事例に関する文献

Whyte, W.H. (1980) The Social Life of Small Urban Spaces. Conservation Foundation. (邦訳)柿本昭人訳(1994)『都市という空間』日経BP社

ニューヨークの広場・歩道を徹底した非参与観察で記録した古典研究。観察調査がいかに都市空間の設計に貢献できるかを示す名著。

佐藤郁哉(1984) 『暴走族のエスノグラフィー——モードの叛乱と文化』新曜社

日本の参与観察研究の代表作。暴走族コミュニティへの参与観察を通じて、若者文化の内側を詳細に記述している。


5. ウェブリソース

日本社会学会「倫理綱領」 https://jss-sociology.org/about/ethicscode/

社会調査を実施する際の倫理的指針。観察調査の倫理的問題を考えるための基本文書。

日本社会調査協会「倫理規程」 https://jasr.or.jp/about/ethics/

調査倫理の実践的ガイドライン。フィールドへのアクセス・インフォームドコンセント等についての規定を含む。

American Sociological Association "Code of Ethics"(英語) https://www.asanet.org/ethics/

アメリカ社会学会の倫理綱領。観察研究・フィールドワークの国際的な倫理基準を参照するために有用。

方法論ノート:Emerson et al. (1995) の解説記事(英語) https://www.qualitative-research.net/

質的研究方法論に関する国際的な査読誌。フィールドノート・参与観察に関する論文多数。



← 第12回開講日程第14回 →